(社説)防災集団移転 事前復興に教訓生かせ

社説

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 次の災害に備え、安全な場所に集団で住まいを移す。東日本大震災では多くの津波被災地で国の「防災集団移転促進事業」が進められた。経験を生かし、人命を最優先にした町づくりを広げたい。

 この事業は行政が土地の取得や造成費を補助して移転を促すもので、72年に九州や四国でおきた豪雨災害を機に創設された。主に川沿いなどから人家を移すのが狙いだが、東日本大震災後の復興に導入され、宮城や岩手など4県27市町村の324地区で3万7千戸がこの事業で移転した。

 宮城県東松島市では7地区の住民が高台の住宅団地に引っ越し、跡地は緑地などになった。約4千戸が全半壊した岩手県大船渡市では21地区で366区画が移転した。

 政府は今後、津波被害が想定される地域に集団移転を広げたい意向で、適用対象の戸数を10戸から5戸に引き下げるなど要件を緩和した。

 能登半島地震の被災地ではさらなる地震も念頭においた復興計画が必要だ。大雨や洪水被害のおそれがある地も全国に数多い。ただ、危ない場所から移転する意義は踏まえつつ、東日本大震災では巨費をかけた造成地に多くの空き地が残り、過疎が進んだ所もあるなど、反省点があったことも忘れてはならない。

 実際、南海トラフ地震の際に津波到達までの予想時間が短い沿岸部では、予防的な集団移転を検討したものの、いつ来るかわからない地震のための移転をためらう住民も多く、頓挫した自治体もある。

 大事なのは個人の権利に配慮し、計画段階から住民が主体となって町づくりを考えることだ。その上で地域社会を維持できる新たな団地をどうつくるか。復興庁が培ったノウハウも生かすべきだ。

 京都大学防災研究所の牧紀男教授は「あらかじめ住民同士で話し合うことで、復興は進めやすくなる。実際の移転は難しくても、災害を見越して町の絵を描いておくことの意味は大きい」と話す。

 海に面した和歌山県海南市では大船渡市の元職員を招き、地元の高校生も加わり事前復興計画を練った。仮設住宅の建設場所や区画整理案、公的施設の配置などを決めておく。いざという時の迅速な復興のため、震災後に各地で広がった取り組みだ。こうした作業は地元の将来を考えることにもつながるだろう。

 もとより防潮堤や堤防などのハード対策だけで安全確保は追いつかない。まずは計画作りからはじめ、避難路の整備や避難訓練と組み合わせ、安心して住める町に一歩ずつしていくことが大切だ。

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