「美意識」で社会を作る時代へ 朝日教育会議

 ■東京工芸大×朝日新聞

 社会が急速に変容するなかで、技術と芸術の融合が問われています。東京工芸大学と朝日新聞社は、教育フォーラム「朝日教育会議2023」を共催。「いま求められる『美意識』の探究」をテーマに議論しました。【昨年12月9日に開催。インターネットでライブ配信もされました】

 ■基調講演 技術だけでなく「意味の革新」が重要 独立研究者・山口周さん

 世界ではビジネス領域で美意識が重視されています。英国の美術系大学院大学ロイヤル・カレッジ・オブ・アートがエグゼクティブ教育コースを始め、多国籍企業が幹部候補を送り込んでいます。コンサルティング会社によるデザイン会社の買収も進んでいます。

 フェイスブックに最初の投資をしたシリコンバレーの投資家ピーター・ティールは「哲学者の考え方やアーティストの感じ方がテクノロジーの世界にも必要で、単にテクノロジーを進めるだけではイノベーションは起こせない」と言っています。

 日本は2023年のGDP(国内総生産)がドイツに抜かれて世界4位になる見通しで、22年の1人あたりGDPは32位。暮らしの問題解決に向けて洗濯機や冷蔵庫、テレビを製造して高度経済成長につながった昭和の時代と比べると、今は問題が希少化しています。自分たちで問題を見つけないといけないのです。

 問題とは、ありたい姿と現状とのギャップで、ありたい姿をいかに描くかが大事です。そこで重要なのが「ここはおかしい」という否定の美意識です。

 昨今、存在感のある企業は、明確なアナウンスを出しています。テスラは「化石燃料に依存する文明のあり方に終止符を打つ」として、ガソリン車にNOを突きつけています。

 顧客ニーズに応えるだけでなく、顧客を「鍛える」という面も求められます。

 急成長しているオランダのスマートフォン会社フェアフォンは、自分で修理できる端末を作っています。メーカーが修理する事業者を特定し、その修理サービスを利用しないと保証が無効になるという従来の商法は美しくない、という社会批評でもあります。

 「役に立つ」よりも「意味がある」ことに価値が置かれるという観点も大切です。役立つ商品も飽和すると価値が下がります。技術革新だけでなく、「意味のイノベーション」が重要です。

 ロンドン発の化粧品会社ザ・ボディショップは、研究開発で動物実験をしないと宣言し、ファンが増えました。これまで買っていた化粧品は、動物が犠牲になることに自分が加担していたというマイナスの意味を生んだのです。BMWは「私たちの車の工場は風力で動いています」とアピールしています。火力発電で動く工場が約6割の日本のメーカーを意識した意味づけと言えそうです。

 ビジネスと美意識は、これまで別々に語られる傾向がありました。いまや、美意識を反映したビジネスは社会運動の側面も強くなっており、総合芸術作品として社会を作っていく時代になっていると思います。

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 やまぐち・しゅう 1970年、東京都生まれ。慶応義塾大学文学部、同大学院修士課程修了。電通、コンサルティング会社などで企業戦略策定、文化政策立案などを担当。「世界のエリートはなぜ『美意識』を鍛えるのか?」など著書多数。

 ■プレゼンテーション/パネルディスカッション

 プレゼンテーションには東京工芸大学芸術学部教授の小林紀晴さん、写真家のGOTO AKIさん、西野壮平さん、吉田志穂さんが登壇し、写真の制作や魅力を語りました。パネルディスカッションでは、写真編集者の池谷修一さんが進行役として加わり、写真で描く世界や美意識について意見を交わしました。

 ◆旅した風景、記憶の集積 東京工芸大芸術学部教授・小林紀晴さん

 1980年代から中国やタイ、ベトナムを旅して写真を撮り続けています。文化や風習からそれぞれ独自の風景があったのですが、ここ数年で変わり、どこも似たような風景となっています。世界が抽象化、均等化したと感じられます。半面、長年撮り続ける長野の御柱祭は変わらない風景で、記憶の集積として何年かの写真を重ねて何か見えてこないか、実験的な取り組みも試みています。

 ◆日本の自然、偶然捉える 写真家・GOTO AKIさん

 日本の自然風景をモチーフにしています。大学生の時に世界一周の旅をして地球の距離感が体に刻み込まれ、そのスケールから日本の風景を世界の一部としてとらえています。火山や水中など、予定調和にならず、偶然の表情を見られるのが魅力です。こう撮ってやろうと頭で計算すると、その範囲で収まってしまい、「触覚」の部分が抜け落ちてしまいます。体を投げ出すような形で撮影しています。

 ◆世界を地図化し、再構築 写真家・西野壮平さん

 世界を地図化するというテーマを約20年続けています。一つの街の様々な風景をフィルムで撮影し、プリントした写真約2万枚を大きなキャンバスに重ねて貼り付け、一つの作品にします。旅の記憶や経験を再構築していく手法です。地図とは、グーグルマップのような正確なものではなく、人それぞれの記憶や体験がよみがえるようなものではないか、と問いかけるコンセプトで作っています。

 ◆アナログとネット、融合 写真家・吉田志穂さん

 撮影、現像、プリントというアナログ写真の工程にインターネットの要素を組み込んで制作しています。ネットで風景の画像を見つけ、その画像を持って現地に行き、実際の風景と組み合わせて撮影します。予想以上に良い風景も変わった風景も、様々な出会いがあります。一つのテーマに色々な撮影方法でアプローチし、今まで見たことのない新しい風景をどう作っていくかがコンセプトです。

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 ――写真で世界にどうアプローチしていますか。

 小林 写真と旅は相性がいい。旅で見たことがないものに出会う身体的な体験が重要で、年をとると記憶もいきてきます。

 GOTO 身体性はキーワードです。きれいな被写体を見ると何か分かった気になりがちだが、それだとそこで終わってしまう。大事なものがすり抜けないように、歩いて知覚して自分の中に入る感覚を意図的に持つようにしています。

 西野 分かった気になるのが怖いのは同じ。昔から歩いて新しいものに出会い、風景が変わっていくことにひかれます。

 吉田 インターネットには良い写真、正解の画像がたくさんあります。その中でどうオリジナリティーを持って世界を見られるか、探しています。写真と目の前の風景を使って、見えないものをどう見ていくか考えることが「世界をみること」だと思っています。

 ――ネットに画像があふれる時代にどんな課題がありますか。

 GOTO これでいいですか、と答えを求めてさまよう人が多い気がします。写真は断片をつなぎ合わせて世界観をつくりますので、一つの正解はありません。絶景という言葉も独り歩きしているようです。例えば観光地の浜辺は、引いて撮れば絶景になるかもしれないが、作家としては潮の満ち引きを切り取り、そこから問いを発することを意識します。

 小林 問いかけは常に考えています。学生には「答えはない。答えは自分で作るもの」と言っています。鑑賞者の心に何かしらが生まれれば「それも答えとして成立するか、一緒に探そう」という世界です。

 吉田 大学生の時、自分にはオリジナリティーがなく、コンプレックスを感じていました。銀塩写真とインターネットの画像検索が好きで、二つを組み合わせる実験を始めると作品になっていきました。作品を通じて社会とコミュニケーションがとれるようになったと感じています。

 ――自分らしさはどう獲得するのでしょうか。

 GOTO 撮ってプリントし、言語化し、人に見せることを繰り返すことで、徐々に気づくのではないでしょうか。自分の作品だけを見ているとわからなくなります。写真を壁に貼って放っておき、しばらくすると他人の目で見られる瞬間もありました。

 西野 フィルムで撮影し、暗室でコンタクトシートに焼きつけ、手を使うプロセスを大切にしてきました。そうすると、その場所にいた記憶をさかのぼることができるんです。数値化したり、効率的に何かを求めたりせずに進むことが、オリジナリティーにつながると感じます。

 ――写真を通して美意識や感性をどう捉え、どのように培っていますか。

 GOTO 写真の美しさは、時間の扱いと、スケール感の再構築の2点だと思います。シャッタースピードやフレームの違いによって、肉眼で見た時と写真に切り取った時の「感覚の飛躍」をいかにつくるか。それを意識しています。

 西野 僕は「多視点」を大事にしています。エベレスト街道という作品では、登山者によるゴミやシェルパの生活も示し、神聖な山と俗っぽい山の両面を見せています。自分の制作では歩いて出会うことにヒントがあり、無駄を惜しまないようにしています。

 吉田 美しさとは構図、構成だと思って撮影しています。自分から出るものは知っていることに限られるので、人の作品をみるしかないと思います。

 小林 作者が伝えたかったことを自分なりに受け止め、ピンとくる時が喜びで、美しさだと思う。今まで光があたっていなかった部分に意味を与えることも大切にしたいですね。

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 こばやし・きせい 1968年、長野県生まれ。東京工芸大学短期大学部写真技術科卒業。新聞社を経て独立。写真家。2013年から現職。「孵化する夜の啼き声」「深い沈黙」「写真はわからない」など著書多数。初監督映画作品に「トオイと正人」がある。

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 ごとう・あき 1972年、川崎市生まれ。上智大学経済学部経営学科卒業。総合商社の丸紅勤務後、東京綜合写真専門学校へ入学。写真展・写真集「terra」にて2020年日本写真協会賞新人賞受賞。日本大学芸術学部・武蔵野美術大学造形構想学部講師。

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 にしの・そうへい 1982年、兵庫県生まれ。大阪芸術大学写真学科卒業。2013年日本写真協会賞新人賞受賞、オランダの写真雑誌が選ぶ若手写真家「Foam Talent Call 2013」、17年の国際写真賞プリピクテ「SPACE」に選出。

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 よしだ・しほ 千葉県出身。2015年、東京工芸大学芸術学部写真学科卒業。22年に第46回木村伊兵衛賞受賞。14年「第11回写真 1_WALL」グランプリ受賞。「Prix Pictet Japan Award 2017」ファイナリスト。

 ■「画像」の向こう、「個」と向き合う 会議を終えて

 「写真」を取り巻く状況は、大きく揺れています。インターネットが世の中へのアプローチを抜本的に変えて以降、「写真」は「画像」として認識され、空気のごとく日常に漂っています。ソーシャルネットワーキングへの強い関心がその気分を拡張します。誰でも気軽に「写真」を扱える快感と、振り回される不安。生成AIの出現は写真家のアイデンティティーを揺さぶり、職能を奪いかねません。

 「写真」はそもそもカメラという機械が生み出し、撮り手が一からつくりあげたものではありません。しかし時代は変われど、人は個である自分の実感を求め、それをよすがに生きて行くのではないでしょうか。

 「画像」の向こうにある「個」を希求すること。現代に生きる写真家は、そこに浮かび上がる自らの姿勢に真正面から向き合わねばなりません。会議の軸が「個の美意識」へのスタンスにあったことが、その確信を強めました。(コーディネーター・池谷修一)

 <東京工芸大学> 「小西写真専門学校」を前身とし、2023年に100周年を迎えた。写真表現・技術の分野では国内で最も伝統がある高等教育機関。写真学科など七つの学科がある芸術学部と、五つのコースがある工学部を併せ持ち、テクノロジーとアートを融合させた教育や研究が特徴。東京都中野区と神奈川県厚木市の2カ所にキャンパスがある。

 ■朝日教育会議2023

 先進的な研究や教育に取り組む大学と朝日新聞社がともに、様々な社会の課題について考える連続フォーラムです。各界から専門家を招き、「教育の力で未来を切りひらく」をテーマに、来場者や視聴者と一緒に解決策を模索します。

 概要はウェブサイト(https://aef.asahi.com/2023/別ウインドウで開きます)でご覧になれます。

 共催大学は次の通りです。拓殖大学、東京工芸大学、法政大学、名城大学、早稲田大学(50音順)…

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