(社説)紛争多発の時代に 暴力を許さぬ 関心と関与を

社説

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 この地球の各所で人びとが爆発音や銃声に震え、おののく中、年が改まった。

 ウクライナとガザだけではない。ミャンマースーダンでも昨年は戦火が激しくなり、解決を見ないまま年をまたいだ。

 スウェーデンのウプサラ大学の分析によれば、冷戦終了後に着実に減りつつあった武力紛争は、2010年を境に増加に転じた。直近の集計では世界で進行中の紛争は187に達している。いったん起きた紛争は8~11年続くことが多いという。

 2010年といえば、米国はオバマ政権の1期目。リーマン・ショックによる不況が尾を引き、米国の対外政策が一気に内向きに転じた年である。パックス・アメリカーナ(米国による平和)の陰りは隠しようもなく、一方で中国が大国志向を強めた。その後、インドをはじめ、米中どちらの極とも距離を置く国々が台頭する。

 かくして冷戦後の国際秩序は根底から揺らぎ、「警察官」を失った世界は不安定化した。抑え込まれてきた緊張関係や、先進諸国から忘れ去られていた地域紛争が、相次いで「着火」した。アフリカでは2020年代、8件の軍事クーデターが起きた。

 ■足りぬ水、食料、薬

 写真は、パレスチナ自治区ガザに住む朝日新聞の通信員ムハンマド・マンスールさんが年末に撮った1枚だ。

 ガザではイスラム組織ハマスが実効支配を始めた07年以降、5度の武力衝突があった。そのすべてをくぐり抜けたマンスールさんが「こんなすさまじい攻撃は、経験がない」と話す。

 避難者が殺到したガザ南部ラファでは、宿泊先やテントが足りず、小学校はどこもすし詰めだ。「各教室に80人もが寝泊まりする。感染症を抑えようがありません」

 いま世界に求めたい支援の品をマンスールさんに問うた。「まずは飲み水を。給水場に数時間並んで配給はやっとペットボトル3本分。誰もが困っています」。薬や食料、燃料も底をつく。「このままでは病院の未熟児たちも救えません」

 戦況を注視して驚かされるのは、パレスチナイスラエルが互いに向ける憎悪の深さだ。とりわけイスラエル高官たちが発する言葉の苛烈(かれつ)さは耳を塞ぎたくなるほどだ。

 イスラエルの国防相は語った。「私たちはhuman animals(人間の姿をした動物)と戦っている」。けだもの扱いである。

 軍の報道官は、戦闘の死者が「ハマス戦闘員1人につき民間人2人の割合」としたうえで、「市街戦の困難さを考慮すれば、非常にポジティブだ」と言い放った。

 平時の理性に照らせば、どれ一つとして容認されない物言いだろう。いったい戦争はどこまで人間を残酷にさせるのか、考え込まされる。

 「人間の本性は善か悪か」「自然状態は平和か闘争か」。ホッブズやカントら思想家たちが論じた難題が、未解決のまま、現代の私たちの眼前に立ちはだかる。

 ■理不尽を見過ごすな

 ウクライナ、そしてガザの戦争から、くみ取るべき教訓が、少なくとも二つある。

 ひとつは、ひとたび戦争の火ぶたが切られれば誰にも止めがたくなる厳しい現実だ。当事者も攻撃を止める機を見失う。停戦への討議の場となるべき国連は、常任理事国の対立で機能不全に陥ったまま。失望は深まるばかりだ。

 それでもいま国連を見限る余裕は人類社会にはない。食料や医療などの人道支援戦争犯罪の監視――。ただちに戦争は止められなくとも、人びとの苦痛や恐怖を和らげるすべは熟知している。

 「国連は人類を天国に連れて行く機関ではなく、地獄に落ちるのを防ぐ機関だ」。長引く朝鮮戦争で国連不信が高まった時代に事務総長を務めたハマーショルドの言葉だ。

 まさに地獄の淵に立つガザやウクライナの人びとに救いの手が届くよう願う。地道な活動で得た信頼をテコに、国連の機能を強める改革へとつなげる必要がある。

 もう一つの教訓は、戦争には憎悪と不信の蓄積という土壌や予兆があることだ。

 ウクライナへのロシアの違法な侵略は10年前から始まっていた。パレスチナ人とイスラエル人の生活空間には長年にわたって壁やフェンスが築かれ、同じ人間として共感する基盤は失われていた。

 見過ごされたり、軽んじられたりしている理不尽はないか。争いの芽を摘む関心と関与を忘れぬ年としたい。

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