(パブリックエディターから 新聞と読者のあいだで)記者も生活者としての顔出して 今村久美
こどもの教育支援の分野でNPO活動を続けてきた私に、朝日新聞社から「パブリックエディター(PE)になってほしい」という打診をいただいたときは正直、悩んだ。動画・音声メディアが勃興する中、気づけば私にとっても、新聞の存在がずいぶん小さくなっていたからだ。デジタル版は読んでいたが、紙面はもう長らく手に取っていなかった。
私よりずっと若いNPOのメンバー約10人にも聞いた。「新聞ってどう思う?」。社会問題に関心をもつ優秀な若者たち。自分でお金を払って新聞の記事・コンテンツを読んでいる人は半数もいなかった。
フェイクの写真や動画が簡単につくれて流布できる時代、プロの組織ジャーナリズムを担う新聞社の役割はより重要になると思う。そこで読者と新聞をつなぐことは大切だ。ただ、私の役目は、新聞読者になったことがない世代にどう届けるかを考えるほうにあるのではと思い、PEをお引き受けした。
4月から「PE会議」に参加して一番の驚きは、みな、かなり悩みながら記事・コンテンツをつくっていることだ。朝日新聞にお堅くて迷いなき主義主張があるイメージを持っていたけれど、会議で会う部長やデスク、記者、誰の話を聞いても「届く」報道のあり方に本気で悩んでいた。変わらなければいけない今だからこそ、自分に似合う服を試しながら、いや、これはだめだ、あ、これはいいぞ、と試行錯誤している若者のようだな、という印象を持った。
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最近の朝日新聞の報道で目を引いたのが、5月下旬にデジタル版や教育面に配信・掲載された連載「宿題が終わらない」だった。学校の宿題に苦しむこどもの声を聞いて「宿題の今」をさぐった企画だ。
子育て世代向けのニュースを届ける「ハグスタ」チームのオンライン会議で、小学生のわが子の宿題の多さを見た参加者から「こんなにたくさん必要?」と声があがり、取材が始まったという。隔週で開かれる会議には、所属部署を問わず子育てに関心のある記者が集まると聞き、先月、傍聴させてもらった。
その日は10人ほどの記者が参加。一人が「私が最近、気になったことでいえば――」とこどもの安全に絡んだニュースを持ち出すと、次々に声があがった。「ほかに同じような例があるなら調べてみては?」「少し下の年齢でもある気がする。うちの息子も以前……」「確かにどう対応したらいいか悩ましい」「『#ニュース4U(フォーユー)』(LINEを使った双方向窓口)で結構、声が集まるかも」
チャットにも書き込みが相次ぐ。「私の子のお友達でも似たことがあって悩んでいる」「児童心理学など専門家に聞いてもいい」。そこでハグスタ編集長の平井恵美・くらし報道部記者が「では、関心のある方で進めて頂けますか」と呼びかけた。
「○○問題」といった一言ではくくりにくく、一見、ニュースとは思えない身近な「もやもや」。その意味合いを見つけ、記事にしていく工程を興味深く見た。
当事者に近いからこそ感じる違和感は大事だ。私自身、大学生時代にこどもの支援にかかわり始めた当初、自分がどう思うかより、現場の常識や政策の背景を学ばなければと焦ったことがあった。学校関係者らからよく「教員資格もないのに」「学校現場を知らない」と批判されたからだが、理解が進むと逆に「現場擁護」に引っ張られがちになる自分に気づいた。「アマチュアの視点」をおろそかにしてはいけない。
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ハグスタのオンライン会議の立ち上げにかかわった仲村和代・社会部デスクにこんな話も聞いた。
入社した20年ほど前は記者の「個」を消し、淡々とした記事を書くことがよしとされがちな雰囲気があったという。でも10年ほど前、ツイッターで自分の問題意識や沖縄にルーツがあるというプロフィルを出してつぶやきながら沖縄取材をしてみると、〈家から300メートル先に普天間基地があります!〉という高校生をはじめ、いろんな人とつながり、米軍基地をめぐる葛藤や思いを記事にできた。「自分を出し、伝えたいことを自分の言葉で伝えないとこの先は厳しい。読者とのコミュニケーションをどうつくれるかを考えなきゃいけないと思った」
音声によるニュース解説「朝日新聞ポッドキャスト」の番組を聞くと、さまざまな記者が登場し、自分の言葉で語っている。「この問題がはじけてから寝られない」「じゃ、どうすれば? と言われると困るんですけど……」。話の合間のため息や一言にも記者を身近に感じる。
そうした発信はけっして担当分野に限らなくてもいい。記者は記者であるとともに生活者でもあるはず。もっと生活者の顔も出し、自らの思いや違和感をいろんな手段で伝えてみたらどうだろう。「将来の読者」ともつながり、新たな対話が始まるのではないか。そんな朝日新聞のアップデートを私は期待している。
◆いまむら・くみ 認定NPO法人カタリバ代表理事。こどもに学校以外の居場所や幅広い学びの受け皿をつくり、新たな教育の姿をさぐる。1979年生まれ。
◆パブリックエディター:読者から寄せられる声をもとに、本社編集部門に意見や要望を伝える