(社説)処理水と中国 政治利用でなく対話を
安全と健康にかかわればこそ科学的知見に基づく冷静な対話が欠かせない。耳を塞ぎ、日本との争いに政治利用する中国政府の姿勢は問題だ。
中国の税関当局が今月、日本の水産物に対する放射性物質の検査を厳格化した。従来の抜き取り検査から全量検査に移行したという。「消費者の安全を守るため」と税関側は説明するが、通関が滞ることで、鮮度が求められる水産物は事実上、輸出できなくなる。
中国は、東京電力福島第一原発の処理水の海洋放出計画にかねて反対してきた。長期間に及ぶ処理水の放出を有効に監視できるのか、というのが、中国政府が発してきた疑問だ。
これに対し国際原子力機関(IAEA)は、海洋放出が国際的安全基準に合致するとした報告書を出すとともに、現地で監視を続けることを明らかにした。にもかかわらず中国政府は報告書を「性急にまとめたもの」と否定するばかりで、日本が提案した専門家同士の意思疎通についても拒んでいる。理解に苦しむ態度だ。
自らの立場を「科学的」と称しながら「日本政府はIAEAに献金した」という根拠のない報道を中国外務省が記者会見で引用したのは軽率に過ぎる。そもそも放出が始まってもいない段階で検査を厳格化するというのは合理的に説明できない。
中国は他国との外交の場でも処理水問題を積極的に取り上げている。高官同士の会合では再三、この問題を持ち出し、先週の東南アジア諸国連合などとの外相会議では成果文書に盛り込もうと画策までした。
現在の日中関係は難題が山積みだ。台湾有事を意識した日本の防衛力強化、米国と歩調を合わせた半導体関連の対中輸出規制など、いずれも中国は強く反発している。
日本を牽制(けんせい)し、秩序を乱しているのはむしろ日本の側だという国際世論を形成するため、中国政府は処理水問題を利用しているのではないか、との疑念を禁じ得ない。
中国は東日本大震災以降、日本からの食品輸入の規制を続けている。それでも和食の定着とともに水産物輸入は増えてきた。これらが途絶えれば日本だけでなく中国の関連業界に打撃になり、中国の消費者の利益にも反する。厳しい言論統制のため日本側の発信する情報が伝わらないことも問題だ。
だが強硬に強硬で対抗する愚は戒めたい。勝つか負けるかのゼロサムゲームに堕すれば解決は遠のくばかりか、日本の国際信用を損なう。中国には粘り強く対話を呼びかけ、丁寧な説明に一層力を入れるべきだ。
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