(社説)中国反スパイ法 社会や経済が窒息する

社説

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 これでは外国企業の通常の営業活動や情報収集、市民同士の交流までもが、やり玉に挙げられかねない。中国の経済と社会を窒息させるのではないかとの懸念もぬぐえない。

 中国の全国人民代表大会常務委員会が先週、2014年に施行された反スパイ法の改正案を可決した。7月に施行される。

 もともと、あいまいな規定と不透明な運用が問題視されてきた法律だ。40あった条文が71に増えた今回の改正ではスパイ行為の定義が拡大され、危険度は一層増したといえる。

 現行法では「国家秘密」の窃取や提供が、スパイ行為とされていた。そこに「国家の安全や利益に関わる文書、データ、資料、物品」が加えられた。

 いったい何が「国家の安全や利益」に当たるのかが、はっきりしない。外国企業が営業活動の一環として行う調査や情報収集まで、恣意(しい)的な解釈でスパイ行為と見なされるのではとの疑念がふくらむ。

 すでに現行法下でも、日本関連でスパイとされた摘発事例が相次いでいる。

 3月、アステラス製薬中国法人の日本人幹部が拘束され、中国事業に携わる日本企業に衝撃を与えた。中国政府は「スパイの証拠を得ている」としか説明せず、今後の手続きがどうなるのか不透明なままだ。

 問題は経済活動にとどまらないうえ、日本人と接点のある中国人の側にも及んでいる。スパイ罪で起訴されたことが最近明らかになった中国紙幹部の董郁玉氏は、日本大使館員との昼食中に拘束されたもので、かつて来日した時の行動を取り調べられたという。

 1980年代以来、対外開放は中国の経済成長の原動力であり続けてきた。習近平(シーチンピン)政権は経済発展よりも国家の安全を重視する姿勢が顕著だが、外国企業の投資自体は歓迎しているはずだ。外国との交流を阻む規制は中国のためにならない。

 改正法は物流や通信業者に国家安全機関への協力を義務づけた。メディアを通じ反スパイの宣伝教育も強めるという。「反スパイ」を名目に、社会全体を動員する動きはより強まるだろう。正常な交流活動までスパイ行為と疑われ、罪を着せられるのではないか。この息苦しさが増すことを危惧する。

 反スパイ法は「人権の尊重と保障」を明記している。しかしそれだけでは、権力を行使する国家安全機関に対する有効な歯止めにはなりえず、中国の市民や外国人の権利が守られるとは言いがたい。日本を含む関係各国は、同法の運用に「たが」をはめるべく、働きかけを強める必要がある。

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