(社説)デジタル人材 中長期的視野で育成を
大学にてこ入れして、デジタル人材を手っ取り早く育てたい――。政府が成長分野とみなす理工農・情報系の学生を増やそうと、多額の予算を集中し、規制緩和も進めている。
人材不足は、長期的視野を欠いた政策や産業界の対応が影響したとされる。その解消を強引に大学に担わせようとしても、疲弊させてしまうだけだ。
政府は19年のAI戦略で、25年に大学生と高等専門学校生全員に、卒業までに基礎的な「数理・データサイエンス・AI」能力を身につけさせる目標を立てた。その後、続々と情報系学部が新設されたが、今年の入試では定員の増加ほど志願者は増えなかった。すでに供給過剰を心配する大学関係者もいる。
それでも政府は、3千億円を投じて理工農・情報系学部の強化をめざす基金を創設した。文系学部の理工農系への転換や、情報系学部の定員増を促す。
大学で情報系の教員不足が問題になると、文部科学省は最低限の水準を定める大学設置基準を改正。企業などから専門家を教員として雇いやすくした。
そして先月、法律で東京23区にある大学の定員増を10年間原則認めないとする規制も緩和することにした。「一定期間後に元に戻す」といった条件を満たせば、デジタル分野の学部・学科の新設や定員増を認める。
この法律は、地方活性化のために地方大学に学生を誘導しようと18年にできた。政府の有識者会議は今回、法律は維持すべきだとしつつ、地方の若者を激減させる恐れが少ない範囲で緩和する方針を容認した。
政府の動きに押され、学部新設などを図る大学は、今後も増えそうだ。だが、学生集めを意識するあまり、建学の精神や伝統に基づく独自性を発揮した教育を忘れては、存在意義は薄れてしまう。特色ある教育と一定レベルの情報教育とを、効果的に組み合わせる必要がある。
もちろん情報やデータといった「道具」をうまく活用できる学生は、学習や研究の幅が広がるだろう。そうした能力を生かして、社会のさまざまな分野で活躍できる可能性もある。
とはいえ、大学教育だけで人材を養成できるわけではないことを改めて確認したい。大学は、学生が数学や情報の基礎を身につけているか、入試できちんと確認する必要がある。多くの高校で続く「文理分け」で、私立文系の志願者らが早々に数学の学習をやめてしまう弊害も指摘されている。「女子は文系」といった保護者の思い込みの払拭(ふっしょく)も課題だ。
こうした高校までの教育の問題も含め、政府をあげた中長期的な取り組みが欠かせない。