(社説)検察の抗告断念 再審で不信と向き合え

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 誤った司法判断を正すことを先送りすべきでない。まして死刑冤罪(えんざい)では許されない。そんな市民の法意識に沿う決断だ。

 57年前の一家4人殺害事件で死刑が確定した袴田巌さんの再審開始を認めた東京高裁決定について、東京高検はきのう、最高裁に特別抗告せず、再審を受け入れると決めた。

 本来、14年の静岡地裁の再審開始決定で再審につながり、とうに救済されるべきだった。だが検察側が即時抗告し、東京高裁が再審開始決定を取り消し、最高裁がその審理不尽を指摘して高裁に差し戻した。先週、再び再審開始を支持する決定が出るまでに、9年かかっている。

 再審手続きの目的は、誤判で有罪にされた人の救済だ。三審制で当事者が不服なら控訴・上告する通常の裁判手続きとは異なる。再審開始決定に対する検察側の上訴を禁じている国もある。日本でも、公益の代表者である検察にはこの趣旨を踏まえることが求められるが、近年は本人と異なるDNAなどの科学証拠が出た場合などを除き、上訴を重ねて争うのが常だった。

 今回の高裁の審理には、検察側も鑑定結果などを提出し、主張・立証を尽くした。その上で高裁が「無罪を言い渡すべき新証拠」を認めた経緯からは、検察側が異議を申し立てても覆る可能性は低かった。仮に特別抗告したとしても、検察に対する社会の不信を深めるだけだっただろう。

 高裁決定は、捜査当局による証拠の捏造(ねつぞう)があった可能性に言及した。再審では、検察側はそうした疑念と正面から向き合い真相の究明に資するべきだ。

 検察が特別抗告を断念した背景には、袴田さんが陥った理不尽を見過ごすまいとする、多くの声があった。120人以上の刑事法研究者が、特別抗告に伴う法的問題を指摘し、すみやかに再審に移行するよう検察に求めた。同様の趣旨のネット署名も広がっていた。

 大阪地検の証拠改ざん事件を受け、11年にまとめられた「検察の理念」は、社会の信頼に根ざす大切さを説く。有罪を目的化したり重い処分を成果としたりする姿勢を戒め、「目指すのは、事案の真相に見合い、国民の良識にかなう処分、科刑の実現」と述べた。その理念が今回の判断に宿ったなら、変化の兆しといえるのかもしれない。

 静岡地裁の再審開始決定が出た14年以降、袴田さんは社会で姉秀子さんと生活しているが、57年間求めてきた「真の自由」は得ていない。高齢を考えても万が一、再審が間に合わないことがあれば、司法に対する信頼の失墜につながる。迅速に再審公判を始めてほしい。

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