(明日へのLesson)第4週:キャンパス 学生・弁護士・学者で冤罪救済めざす活動 笹倉香奈さん=訂正・おわびあり

明日へのLesson

[PR]

 ■「テレビじゃない」突き動かされる熱意 甲南大法学部教授・笹倉香奈さん

 「冤罪(えんざい)のことなんて考えたこともなかった」。そう口をそろえる学生たちが、弁護士や学者たちと無実の罪を晴らす活動に取り組んでいる。その名も「イノセンス(無実)・プロジェクト・ジャパン」。一人の教授の呼びかけから、裾野が広がる。

    ◇

 17日、神戸市東灘区の甲南大であった模擬裁判。ある殺人事件を題材に、学生たちが審理を進めた。

 村の公民館での懇親会で、山菜料理として出された有毒のトリカブトを食べた女性3人が死亡し、調理した男性が起訴された。被害者は男性の妻や元愛人ら。直前に周囲に不倫を知られた男性には動機があった、という設定だ。元死刑囚が冤罪を訴え、病死した後も再審請求が続く名張毒ブドウ酒事件を想起させる。

 模擬裁判では、別の山菜を間違えて採った事故の可能性や、「真犯人」の影も浮かび――。筋書きを知らない裁判員役は「無罪推定」の原則のもと、判決に頭を悩ませた。

 所属のゼミ生と半年かけてシナリオを練ったのは、笹倉香奈教授(45)だ。幼い頃に「はだしのゲン」を読んで国家が力のない人を虐げる怖さを想像し、リンカーンの伝記に触れて立場の弱い人を守る弁護士に憧れた。東大に入って「より広い視野で人権を考えたい」と思うようになり、刑事法学者の道に進んだ。

    ◇

 「出会いがあった」のは、准教授だった2011年から1年間、米ワシントン大に留学したときだ。

 弁護士でもある教授が実践型の講義を持ち、別の弁護士やサポート役の専門職員とともに、日本にはない取り組みをしていた。

 それが「イノセンス・プロジェクト(IP)」だった。

 学者や弁護士ら民間の力と寄付で、冤罪救済をめざす活動だ。1992年にニューヨークの法科大学院で始まり、国内外に広がった。DNAの再鑑定や目撃証言の検証などで、米国ではすでに3千人以上が救済され、DNA再鑑定の機会保障などの法改正につながっている。

 原動力が学生だった。笹倉教授も殺人事件の現場に行き、警察署で証拠を見て、刑務所で依頼者に会ってDNA鑑定を求める書面を作った。帰国後、この依頼者は釈放された。

 IPの影響力に驚いた。「専門家の技術と学生のマンパワーが融合すれば、ここまでできるのかと」

 日本でもやれないかと考えて16年、旧知の学者や弁護士とともに、京都の立命館大のなかに「えん罪救済センター」を設立した。

 自身の講義が終わったあと、教室で呼びかけた。「学生にぜひ入ってほしい。興味ある子いない?」

 すぐに27人が集まった。

 「意外な反応だった」という。

 「日本では冤罪救済なんて硬いテーマは興味を持たれない。熱心なのはもっぱら中高年で、若者には敬遠されると勝手に思っていた」

 いまは甲南大で約90人、立命館大や龍谷大などの学生もあわせて約120人が名を連ねる。再審で無罪になった人や弁護人に話を聞き、冤罪が疑われる事件の記録を読み、裁判傍聴や拘置所の面会に行っている。

 広報も重要な役割だ。昨年10月には、学生たちの意見をふまえて団体名を「イノセンス・プロジェクト・ジャパン」に改称。活動内容を伝える市民向けのシンポジウムを開き、ユーチューブの配信も担った。

    ◇

 活動に単位は出ない。なぜ参加するのか。甲南大の3年生に聞いた。

 高見織衣(おりえ)さん(21)は「これまで冤罪のことなんて、知ろうともしていなかった」という。

 だが笹倉教授の話を聞いて、「生の事件を扱うところに興味を持った」。裁判の傍聴に行き、証言を変えた検察側証人を弁護人が激しく問い詰めるのを見て、「人のためにこんなに一生懸命になれる大人がいるのか」と心が動いた。

 大塩佳悟(けいご)さん(21)は、「湖東記念病院事件」で再審無罪になった西山美香さんの話を聞いて驚いた。人工呼吸器を付けた患者の死をめぐり、「呼吸器を外した」とうその自白をさせられていた。「テレビでしか知らない冤罪が目の前にあった」

 弁護士が立ち会えない取り調べなど日本の冤罪の背景を学び、シンポ運営や動画配信を率先する。「学生の発信でも、少しでも司法を変えられればいい」と考えている。

 堀田零生(ほりたれお)さん(23)は、「冤罪は特殊事例なんだろう」と思う。ただその悲劇は、対話が苦手だったり経済力がなかったりする人に降りかかりやすいと知った。「そういう理不尽は許せない」と思った。

 笹倉教授は「現実社会と関わって問題意識を持ち、第三者の共感を得ようと努力する。活動には相当な教育効果がある」とみる。同時に、「学生の熱心さに勇気をもらっている」と感謝の言葉を口にする。「冤罪を減らしたいと願う輪が広がっていると、実感させてくれている」(阿部峻介)

    *

 ささくら・かな 1978年生まれ、奈良県出身。東大法学部卒、一橋大大学院法学研究科修了。2008年に甲南大の講師、16年に教授。専門は刑事訴訟法。訳書にブランドン・L・ギャレット「冤罪を生む構造 アメリカ雪冤事件の実証研究」(共訳、日本評論社)やデイビッド・T・ジョンソン「アメリカ人のみた日本の死刑」(岩波新書)。

 <訂正して、おわびします>

 ▼26日付教育面「明日へのLesson」の記事で、笹倉香奈・甲南大学教授の略歴に「一橋大法科大学院修了」とあるのは、「一橋大大学院法学研究科修了」の誤りでした。

有料会員になると会員限定の有料記事もお読みいただけます。

【お得なキャンペーン中】有料記事読み放題!スタンダードコースが今なら2カ月間月額100円!詳しくはこちら