(社説)「敵基地攻撃」合意へ 専守防衛の空洞化は許せぬ

社説

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 他国の領土に届く「敵基地攻撃能力」を持つことは、専守防衛を旨としてきた日本の防衛政策の大転換である。

 相手に攻撃を思いとどまらせる「抑止力」になる確かな保証はなく、軍事力による対抗措置を招いて、かえって地域の緊張を高めるリスクもある。

 先の戦争への反省を踏まえ、日本自身が脅威にはならないと堅持してきた方針を空洞化させることが、賢明だとは思えない。国民への説明も決定的に不足しており、このまま拙速に結論を出すことは許されない。

 ■歯止め策は示されず

 自民、公明両党がきょう、敵基地攻撃能力の保有について、正式に合意する。政府が年内に改定する安保関連3文書に明記される。

 名称は「反撃能力」だが、攻撃を受けた際の反攻に使われるだけではない。敵が攻撃に「着手」したと認定すれば使用可能だとされる。ただ、その見極めは難しく、国際法違反の先制攻撃になりかねない。

 与党合意では、着手とみなす基準は示されず、「個別具体的に判断する」という。攻撃対象も「個別具体的に判断する」。自民党が政府に提言した「指揮統制機能」は挙げられなかったものの、軍事目標に限る考えも示されていない。これではとても歯止めにはならない。

 日本に対するものだけでなく、日本と密接な関係にある他国への攻撃も、反撃対象となりうる。安倍政権下で成立した安保法制に基づき、日本の存立が脅かされる「存立危機事態」と認定された場合だ。安保条約を結ぶ米国が想定される。

 そもそも日米同盟は、守りに徹する自衛隊が「盾」、打撃力を持つ米軍が「矛」という役割分担できた。自衛隊が矛の一端を担うことで、その関係に変化はないのか。日本が攻撃的な役割を強めることは、専守防衛から一層遠ざかることになる。

 ■失われる「安心供与」

 戦後、平和国家として再出発した日本の支柱となったのが、平和主義を掲げる憲法であり、それに基づく専守防衛の方針だ。「武力攻撃を受けたときに初めて防衛力を行使し、その態様も、保持する防衛力も、自衛のための必要最小限に限る」というものだ。

 政府は1956年以来、「他に手段がない」場合に限り、敵のミサイル基地をたたくのは「自衛の範囲」との見解を踏襲してきた。だが、現実問題としての難しさもあり、今日まで装備の保有には至らずにきた。

 それは相手の領域を攻めないと事実上宣言するに等しい。日本を攻撃する口実を与えず、国際政治で「安心供与」と呼ばれる効果を周辺国にもたらした。

 今回の方針転換で、そうした利点は失われよう。政府・与党は「専守防衛は引き続き堅持する」と繰り返すが、長射程のミサイルの大量配備に乗り出す日本のいうことを、周辺国がどこまで信じるだろうか。

 政府・与党は、変則軌道や極超音速といったミサイル技術の急速な進展や、一度に大量に発射する「飽和攻撃」に対し、迎撃だけでは守り切れないことを理由にあげる。

 しかし、膨大なミサイルを持つ相手を思いとどまらせるのに、どれだけの備えが必要になるか。そもそも、目標を正確に探知できるのか。抑止が破綻(はたん)し、攻撃を受けた場合にどう対処するのか。実際問題としても、多くの無理がある。

 力による対抗措置ばかりが先行することにも、危うさを禁じ得ない。中国との直接対話は緒に就いたばかり。北朝鮮の核ミサイル開発を防ぐ国際的な枠組み作りも、一向に進んでいない。「戦争を起こさせない」ことに最大限注力すべき外交努力はとても十分とはいえない。

 ■国民への説明欠く

 今回の合意に至るプロセスには、看過できない欠陥がある。

 政権発足後、安保3文書の改定を打ち出した岸田首相は、敵基地攻撃能力の保有について、「あらゆる選択肢を排除せず検討する」と繰り返すばかりで、中身については一切、説明から逃げてきた。

 その陰では、米国製の巡航ミサイル「トマホーク」を500発購入する方向で調整するなど、着々と準備を進めていた。政府が設けた有識者会議は、このテーマについて特に突っ込んだやりとりもないまま、わずか4回の会合で、保有が「不可欠」との報告書をまとめた。

 安全保障関連予算を、2027年度に国内総生産(GDP)比2%とするよう指示したこともそうだが、最初から「結論ありき」ではなかったのか。

 自公合意では、敵基地攻撃を行う際は、対処基本方針を閣議決定し、国会で承認を得るとする。国会の関与は当然だが、そもそも保有の是非や枠組みづくりの段階から、野党もまじえた国会の議論に付すべきである。

 より多くの国民の理解と納得を得ることなしに、国の針路にかかわる重大な政策転換を急ぐべきではない。

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