(フォーラム)結局、どこで働く?:1 転勤大国

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 転勤は日本独特の雇用慣行だと言われます。終身雇用のもと辞令に従って経験を積むのが、これまでの会社人生では普通のことでした。どこで働くのかは家族みんなの人生にも関わります。コロナ禍でリモートワークも広がるなか、改めて働き方について考えてみます。

 ■揺らぐ「転勤当然」、企業も柔軟対応

 転勤族という言葉もあるほど、日本は世界的にもまれな「転勤大国」だ。リクルートワークス研究所の推計によると、1年間に転勤を経験した人(2021年)は63万人で、うち単身赴任は42万人に上る。

 転勤が多い背景として、日本企業に独特な仕組みがある。新卒を一括採用し、職業教育は企業が主に担ってきた。様々な業務を担当させるなかで適性をみながら人材育成を進めていく。全国や世界に拠点がある企業では、転勤してもらうことで異なる仕事の経験を積んでもらう。

 独立行政法人労働政策研究・研修機構」が16年に企業などにアンケートしたところ、「正社員(総合職)のほとんどが転勤の可能性がある」と答えた企業が3分の1で、規模が大きくなるほど割合は高くなっていた。転勤の目的として挙げたのは「社員の人材育成」が最も多く、3分の2にのぼった。

 コロナ禍は転勤制度への考え方を変えつつある。リモートワークで出社の必要性が減った人も多い。人事異動に伴って住む場所を変えるのは当たり前、といった価値観も揺らいでいる。

 NTTグループは昨年9月、今後はリモートワークを基本とし、転勤や単身赴任を減らしていくという方針を発表した。国内外に多くの拠点があり、転勤が多い企業として知られていた。「コロナ禍で役員も含めてリモートワークをした結果、リモートでも業務ができることがわかってきた」と担当者は説明する。今年7月には、国内ならどこでも自由に住んでリモートワークができる制度も始めた。制度開始に前後して、東京や大阪における単身赴任者が約1500人から約1300人に減ったという。

 NTTグループでは、BCP(事業継続計画)の観点から、本社機能の一部を東京都心から群馬県高崎市京都市に分散する実証を10月に始めた。約200人の要員が移転対象となったが、リモートワークが前提で居住地も自由に選べるため、転勤しなくても柔軟に対応できているという。

 他の企業でも見直しの動きがある。東京海上日動火災保険は、社員が同意しない転勤や転居を26年までになくすことにしている。増加している共働き家庭に配慮するためだという。オフィス面積の半減などを進める富士通も、リモートワークを定着させ、転勤の削減を打ち出した。

 転勤の見直しは、人事制度のあり方にも関わる。「就社」とも例えられる終身雇用制のもと、これまでは複数の部署を経験することが幹部へのキャリアパスにつながっていた。

 NTTの労働組合は転勤を減らす会社の方針に理解を示す。ある労組幹部は「これからは転勤の有無だけではなく、社員の専門性の高まりなどに応じて昇格・昇給を実感できる人事制度の運用が鍵となる」と指摘する。転勤を伴わずに人材を育成したり、公平に評価したりする仕組みが課題となりそうだ。(鈴木康朗)

 ■働き方の選択肢、ない会社は選ばれない 組織人事コンサルタント・山本紳也さん

 国内外の企業の人事戦略などに30年以上携わってきた組織人事コンサルタントの山本紳也さんに、転勤のあり方を聴いた。経営層や従業員に残る「昭和の感覚」に、人事のプロとして警鐘を鳴らす。

     ◇

 ――転勤を減らしたりなくしたりしようとする企業が出てきました。

 「企業のねらいは人材確保です。少子高齢化で優秀な若者の取り合いになっている業界もある。『来月から○○へ行け』と突然言ってくる会社で働きたい人は少ない。転勤を命じられたら退職届を持ってくる若者もおり、働くモチベーションの低下にもなっている。経営者は、誰でもいつでもという形での転勤をなくしていくことになると思います」

 「引っ越しなどの転勤コストを抑えたいという面もある。昔と違って仕事の専門性が高まっており、あちこち担当を動かしていては専門家が育たないという背景もあります」

 ――経験を積ませるために必要だという考えもあります。

 「ある面では事実です。たとえばメーカーで、幹部になるために転勤で工場勤務や営業を経験する、などです。これは特定の人のキャリアマネジメントの話であり、会社と本人が、目指すキャリアに必要かどうかによって決めていく。全社員に適用するものではありません」

 ――転勤や単身赴任に耐えたのだから評価してほしい、との声も。

 「本人との合意もなく、キャリアにとって必要もない転勤を我慢させることで、見返りにポストを与える。そんな会社は潰れます。昭和の時代とは違うんです。経営上どうしても転勤が必要なときにだけ、会社はコストをかけるべきです」

 ――そうは言っても転勤がないと配置できないポストもあるのでは。

 「人数を確保する必要があれば現地で雇えばいい。同じ会社でも事業所や職種によって採用や人事を変えることもできる。そこで注目されるのが『ジョブ型雇用』の考え方です」

 ――会社があらかじめ職務(ジョブ)と賃金を定め、それに見合う技能をもつ人を雇う制度ですね。新卒一括採用と終身雇用が特徴の日本では一般的ではありませんでした。

 「数万人の大企業が一斉にジョブ型になる必要はない。終身雇用で安定が求められる地方の事業所もあります。ただ、ジョブ型になると転勤の可否を含む働き方を最初から労働条件に入れられるようになる」

 ――転勤について働く側の意識の変化もありますか。

 「これまでの終身雇用の時代、社員は自分のキャリアを会社任せにしてきました。転勤も含めて会社が決めてくれていた。今の若者は、自らキャリアを築こうという思いや悩みを、上の世代に比べて多く持っている。突然、転勤と言われたとき、それって自分のキャリアに何か良いことあるんですか、と考えてしまいます」

 ――会社にとって大切なことは?

 「一番はダイバーシティー(多様性)です。育児や介護で辞める優秀な人材を、会社は引き留めないといけない。転勤しないことを含め、選択肢がある会社が選ばれていく。個人がそれぞれの価値観や夢、キャリア観を持つようになり、会社と対等な関係を築いていく時代が来ています。そんな時代に、一方的な転勤や単身赴任は続けられないでしょう」(聞き手・伊沢健司)

 ■共働きの現代、そぐわない 高齢の両親残し、単身赴任 「文句を言うのは、ずるい」

 アンケートへの回答は、男性からが55%、女性からが41%でした。約半数が40代と50代でしたが、ほかの世代の方からも多くの回答が寄せられました。結果はhttps://www.asahi.com/opinion/forum/164/でご覧いただけます。

 ●定着して生活することが大切 家族を思えば、どこで安定して暮らすかが一番重要だ。会社の言いなりにはならない。なったところで報われない。(神奈川、男性、50代)

 ●時代に合わせて選択を 個人の体調や家庭の事情、職種によっては不可能な場合もある。転勤は営業所や支店が多い場合、広範囲の部署で異動し、仕事のスキルを学べる半面、家族と離れ、家庭の負担や不和を招く場合がある。(群馬、女性、60代)

 ●現代社会にそぐわない 共働きが普及した現代社会では、転居を伴うような転勤は社会事情にそぐわない。へき地で働ける人材を集めるか、店舗がなくても継続して地域貢献ができる会社づくりが求められていくと思う。(鹿児島、女性、30代)

 ●転勤未経験の役員に疑問 転勤も単身赴任も経験した私が感じるのは、転勤も経験したことがない人物が役員クラスまで昇進するのはどうかと思う。転勤したこともない人間から転勤辞令を言い渡されるのは真っ平ごめんだ。(埼玉、男性、50代)

 ●価値観同じとは思わないで 会社が社員に転勤で経験を得られるように? 昔はどうだか知らないが、今は会社はそんなことを考えていない。単に上司のもくろみであって、駒を移動させる程度の考えでしかない。今の世代と昔の世代の価値観が一緒だとは、思わないでいただきたい。(神奈川、男性、20代)

 ●後悔しないことを願う 4度目の単身赴任が決まった。この先の生き方を考えたとき、今のライフスタイルでいいのか、高齢の両親のこともあり、今回は退職も考えた。会社側には思いを伝えたが、異動を受け入れてほしいとのことだった。結局は自分に退職する度胸がないのだと思うが、今は新天地で3年は頑張ってみようと自分自身にムチを入れている。この選択が後悔することにならないことを願っている。(神奈川、男性、50代)

 ●世知辛い世の中 結婚のタイミングで転勤を告げられた時に文句を言ったら「結婚は試練の連続だ。転勤ごときで壊れる結婚はその程度だ」と言われ、家を買ったタイミングで転勤を告げられた時は「賃貸に出せばいいじゃないか。賃料も入るし」と言われた。ただ、今の時代でこれを言うと「全国転勤できるような大きな会社にお勤めで文句を言うのは、ずるい」「家を買えるくらいの給料をもらって文句を言うのはずるい」となる。世知辛い世の中だ。(埼玉、男性、60代)

 ●妥協点を探ること必要 以前までの「転勤が当たり前」のようなやり方は、今の時代には合っていないと思う一方、転勤から得られる経験や成長など、会社側が転勤させる理由も簡単に否定できない。会社と労働者の双方がウィンウィンとなれるよう、妥協点を探っていくような、丁寧な運用が必要だと考える。(埼玉、男性、40代)

 ◇取材のなかで、意外に感じた調査結果があった。人材サービス大手のエン・ジャパンのアンケートでは、「コロナ禍で転勤への考え方に変化があった」と回答した人のうち、20代では肯定的になったと答えた人が過半数だった。出歩く機会が減った分、転勤で違う地域に行けることを理由に挙げた人もいたという。

 転勤へのイメージや受け止め方はいろいろで、年齢によっても違う。独身時代は、初めての地域に住むことに魅力を感じる人もいるだろう。家族がいる人にとっては、パートナーの働き方や子どもの学校などを考えるとハードルは高くなる。

 社員の考え方は年齢や家族構成によって異なっており、一方的に転勤などを命じることは難しくなりつつある。社員のキャリアアップにつながるとしても、会社側がそれぞれの立場に応じて丁寧に説明しないと、納得感は得にくい。(鈴木康朗)

 ◇アンケート「地球温暖化対策について、ご意見をお聞かせください」をhttps://www.asahi.com/opinion/forum/で募集しています。

 ◇来週23日は「結局、どこで働く?:2」を掲載します。

 

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