(フォーラム)動物とのふれあい必要?:1 動物園では

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 動物園や小学校で、動物にふれあったり飼育したりする「動物介在教育」が広く行われています。命を大切にする心や他者への思いやりを学べると評価される一方、動物福祉への配慮が十分かどうかも問われています。1回目は、動物園での「ふれあい」を考えます。

 ■動物の心も守りたい、園の試行錯誤 京都市動物園、テンジクネズミが隠れる「きゅうけいじょ」

 京都市動物園(京都市左京区)の奥まった一角にある「おとぎの国」には、週末ともなると親子連れの行列ができる。目当ては、モルモットの名で親しまれているテンジクネズミとのふれあいだ。

 1畳ほどのスペースが二つ用意され、それぞれに7匹ずつ入っている。ふれあいをする子どもたちは周りから手を差し入れ、背中をなでる。中央には「きゅうけいじょ」と書かれた円筒状のパイプが置かれ、さわられたくないテンジクネズミは隠れられるようになっている。同園の主席研究員、山梨裕美さんは「コロナ禍で休止していたふれあいを昨年11月に再開するタイミングで、いまのスタイルに変更しました」と説明する。

 同園では2018年7月まで、1匹ずつ小さな容器に入れて子どもの前に置き、そこから抱っこさせるようにしていた。同年8月からは1匹ずつ容器の上に置き、背中をなでてもらう方式に変えた。

 同園のこのやり方でストレスはかからないのか。山梨さんらは19年、テンジクネズミの唾液(だえき)を採取し、ストレスがかかると増加するホルモン「コルチゾール」の濃度を調査した。すると、ふれあい後のほうが、ふれあい前に比べて、有意に濃度が高まることがわかった。このため、「複数の個体が身動きできる容器に入れ、さわられるのが嫌なら隠れられるようにした」(山梨さん)という。

 今年の大型連休中には、ふれあい休止の決断もした。「来園者が多いとストレスはより大きくなる。動物福祉の観点から判断しました」と山梨さん。休止を告げるため、園内には「たくさんの人にさわられるプログラムは テンジクネズミにとってストレスにつながっていることが わかってきました」と掲示した。

 来園者にアンケートを取ると、89%がこの判断に賛意を示してくれた。「休止とそれにともなう掲示で、動物にも感情があることが伝えられた。動物園側がきちんと説明すれば、来園者の理解につながる」。そんな手応えを感じたという。

 それでもまだ課題が残る。「きゅうけいじょ」が7匹すべてが入れる大きさになっていないのは、さわりたいという来園者のニーズに対応するためだ。コロナ禍でふれあいを休止していた20年上半期と、通常通り行っていた19年上半期を比べると、テンジクネズミを獣医師が診療する機会が72件から38件に減少したというデータも出てきた。消化器や呼吸器などの病気になる個体が少なくなったという。

 同園では現在、動物福祉と教育の両面から、ふれあいのあり方の再検討を始めている。「さわることを前提としない、動物との関わり方を学べるプログラムを考えていきたい」と山梨さんは話している。

 ■短時間の体験「命の教育」になるのか 東海大教授(動物福祉学)・伊藤秀一さん

 そもそも動物園はなんのために存在するのか。18世紀に欧州で始まった近代的な動物園は、英語では「Zoological Garden(またはPark)」と表現します。つまり「動物学の公園」。最初から、研究と教育に重きが置かれていました。それが日本には、福沢諭吉が著書『西洋事情』のなかで「動物園」と訳すなど、レジャー色が濃い存在として導入されていきます。

 全国の自治体で積極的に動物園がつくられるようになるのは、戦後の復興期から高度経済成長期にかけてですが、やはり子どもや親子連れのためのレジャー施設という性格が色濃く反映された。その目玉が、物珍しい動物としてのゾウやキリン、ライオンであり、また「ふれあい体験」や「エサやり体験」でした。

 その後、国内外で、動物園の役割として少なくとも「種の保存」「教育」「調査・研究」「レクリエーション」が必要だと考えられるようになってきた。ふれあいやエサやりは集客の目玉でありつつ、「命の大切さ」などを学ぶ「情操教育」の手段とも見なされるようになります。

 でも、ふれあいやエサやりは、教育手段としてふさわしいのでしょうか。現状、モルモットなどを使って行われるふれあいやエサやりは多くの場合、「子どもだまし」にとどまっているように感じます。短時間ふれあい、「心臓がドキドキしている」「ふれると温かい」などと知ることが、どのくらい「命の教育」になっているでしょうか。

 同じ教育でも、海外の動物園では生物多様性や環境保全の大切さを学ぶ「環境教育」に力を入れています。野生動物を数多く展示している動物園では、漠然と命の教育を続けるのではなく、環境教育を中心にしていくべきだと思います。動物園は、自分たちにしかできない教育とは何なのか、改めて問い直してみてほしい。これは、市民の皆さんが考えるべき課題でもあります。

 ■乱暴な扱いでなくてもストレスに 動物愛護団体「PEACE」代表・東さちこさん

 多くの動物園で行われているのは、動物との関係性を考慮しない、一方的な「おさわり」です。「ふれあい」という言葉をあてるのは、ふさわしくないと思っています。

 PEACEでは各地の動物園を見て回ったり、情報を集めたりしています。適切なさわり方を事前に説明している動物園はごく限られます。特に休日ともなると、たくさんの子どもが詰めかけ、スタッフの目が行き届かなくなり、乱暴なさわり方を許してしまう場面が目につきます。

 そもそも、さわられる対象となるテンジクネズミやハムスター、ウサギは警戒心の強い動物です。野生では捕食される側。見ず知らずの人間にさわられそうになれば、逃げようとするのが自然な行動です。ところが「ふれあいコーナー」では、逃げ隠れできないスペースで子どもたちからさわられたり、つかまれたり、抱えられたり。たとえ乱暴な扱いでなくても、動物たちにはたいへんなストレスがかかっています。動物園によっては、コーナーの片隅でテンジクネズミが弱って倒れているようなこともありました。

 最近では様々な工夫を重ね、動物のストレスを軽減しようとする動物園も出てきています。でも、不特定多数の子どもにさわらせるという大前提がある以上、動物福祉への十分な配慮は不可能です。そのうえ、わずかな時間さわる体験が、本当に「命の教育」などにつながるのでしょうか。

 ふれあいコーナーに親子連れの行列ができているのを見ると、複雑な気持ちになります。問題に気付いている動物園関係者もいるはずですが、一様に「来園者のニーズがあるからやめられない」と説明します。こうした状況は、動物園が提供してきた「ふれあい体験」が、教育効果をあげられていないことの裏返しだと思います。子どもを連れて行く親たち自身が、さわられる側の動物の気持ちを考えられていないのですから。

 ■優しい気持ちに/少し触れただけでは

 アンケートには計719回答が寄せられ、この問題への関心の高さをうかがわせます。結果はhttps://www.asahi.com/opinion/forum/160/で読むことができます。

 ●優しい気持ち呼び起こす ふれあい動物園は、子どもにとって、とてもよいと思います。動物のぬくもりややわらかさは、自分の中の優しい気持ちを呼び起こします。触覚や臭覚を使う体験は、脳の刺激にもなると思います。(千葉、女性、50代)

 ●本では伝わらない 命の大切さは本や紙、教科書、動画では子どもに伝わらない。(福島、男性、30代)

 ●心臓の音を感じる 動物に触れると温かく、心臓の音も感じます。自分と同じ大切な命である事、守らなければならない事を感じる必要がある。(北海道、女性、50代)

 ●生態知る機会に ふれあいは、動物の感触、臭い、大きさなどという動物の生態や形を知る機会にはなるけど、命の大切さを学ぶ教育になるとは全く思わない。(北海道、その他、40代)

 ●どうしても出る犠牲 「さわる」「同じ空間にいる」ことで動物への触り方や対処を覚える。問題はその過程で犠牲になる個体がどうしても出てしまうこと。(岐阜、女性、30代)

 ●長い間向き合ってこそ 命の大切さは、少し触れただけではわからない。長い間暮らして向き合ってこそわかるもの。(栃木、女性、40代)

 ●福祉の犠牲は逆効果 動物の福祉が犠牲になる形の教育は逆効果で、子どもたちに動物は粗末に扱って良いという考えを持たせることになると思います。(東京、女性、20代)

 ●何も学べない 可愛い動物に触れるだけで、命の重さ、責任、世話の大変さなど、何一つ子どもは学べていない。時に病気になろうと、お金がなかろうと、勉強よりも優先しなくてはならないのが命に責任を持つということ。(岡山、女性、40代)

 ●「かわいがりたい」欲がある 動物はかわいいもので、人間には「かわいがりたい」という欲があります。しかしそれは決して動物にとっての幸福とイコールではないです。(神奈川、女性、50代)

 ◇子どもたちに命の大切さや他者への思いやりを学ばせる重要性は、言うまでもありません。ではそのために生きた動物を教材にする必要があるのかと問われれば、様々に議論がおこります。アンケート結果は、動物福祉への十分な配慮が求められるようになってきた近年の傾向が、よく反映されていると感じました。

 一方で、各地の動物園で「ふれあいコーナー」に親子連れの行列ができるのも現実です。一連の取材を通じて、ある動物園関係者がこんなふうに話していたのが印象に残っています。「保護者からすると『さわってもいい動物』だと動物園が許可してくれていると感じるようです。でも動物園側が正直に『この動物にストレスがかかりますが、どうぞ』と言ったら、どうなるでしょうか」。動物園における子どもへの教育のあり方は、内容や方法などを抜本的に見直すべき時期に来ているのではないでしょうか。太田匡彦

 ◇太田匡彦が担当しました。

 ◇ご意見・ご提案をお寄せください。asahi_forum@asahi.comメールする

 ◇来週31日は「動物とのふれあい必要?:2」を掲載します。

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