(フォーラム)小学生のスポーツ全国大会
行きすぎた勝利至上主義が散見される。そんな理由で今年度、柔道の小学生の全国大会の一つが廃止となりました。指導者や保護者が過熱し、子どもを追いつめてしまうことが問題視されたからです。一方で、子どもの目標となる大会がなくなることを惜しむ声もあります。小学生のスポーツでは何を大切にしたいか、みなさんと考えます。
■勝ち求める指導者と保護者、マインド改革を 日本バスケットボール協会U12部会長・小林勉さん
小学生の全国大会は必要でしょうか。今年3月に53回目を迎えた全国ミニバスケットボール大会を主催する日本バスケットボール協会で、U12(12歳以下)部会長を務める小林勉さんに聞きました。
大会は2018年から優勝チームを決めず、出場全チームが3試合ずつを行う交歓大会にしました。ベンチ入りした子どもが全員出られるようにするルールも設けました。
これによって、指導者が勝利にこだわらず、まず出場機会を創出したいという意識が高まってきました。以前は、1週間前から大会が開かれる東京に入り、練習試合をして準備するチームもありましたが、そういうことも少なくなり、家庭の負担も減ったのではないでしょうか。
指導者や保護者は、子どもたちの自由な考えを尊重し、夢に向かうサポートをする存在であってほしい。自分の子どもが勝つことによる親としての名誉であったり、コーチの手腕への勲章であったり、大人がそんな価値観で勝ちを求めると、子どもをコマにしてしまいます。
全国大会がそうした大人中心の勝利至上主義につながるという見方がありますが、一律に廃止したから良くなるかと言えば、疑問符が浮かびます。根本の解決策は、指導者と保護者のマインド改革です。それがなされなければ、都道府県大会に置き換わるだけだと思います。
逆に、全国大会が改革の模範になれば、「こうしていきませんか」と各地域の現場に投げかけられるようになります。そして、東京に行って全国に友だちを増やす、という目標が子どもたちの励みになる。そんな視点も大事だと思います。
我々がめざす育成マインドの浸透には時間がかかるでしょう。指導者が勝ちに走り、勝った指導者が保護者から喜ばれる傾向は、まだ各地域で見受けられます。
小学生に指導すべき技術、戦術、ふさわしい言葉のかけ方があります。楽しんでもらう中から、バスケットが大好きな子が生まれてきてほしい。親にも過度な期待を持たないで欲しいです。子どもも親も、成長してもらいたい。それが願いです。(聞き手 編集委員・中小路徹)
■体重差大きい対戦も、安全面から廃止評価 全国柔道事故被害者の会代表・倉田久子さん
柔道の重大事故の撲滅に取り組む「全国柔道事故被害者の会」の代表、倉田久子さんは、「安全面からも小学生の全国大会廃止は評価できる」といいます。
倉田さんは2011年、当時高校1年の次男を、柔道部での練習中に頭を打った事故で亡くしました。03年から19年にかけて全日本柔道連盟に報告があった急性硬膜下血腫の発生数は、計55件。体重差が大きい組み合わせの中で起きた事故も少なくありません。
成長スピードに違いがある子どもの大会では、体重差の大きい対戦が生じやすい。小学生の親から、「息子と相手の体重差が70キロもあった」と無理な組み合わせを強いられた実体験の声が同会に寄せられたこともあるそうです。
親の過熱についての報告も来ます。例えば、試合に負けた子どもをどこかに連れて行く父親がいました。「その子は、父親がいる時は常に顔色をうかがい、試合中も『待て』が入るたびに、審判ではなく、父親の方を振り返っていたそうです。その子は、相手が青あざだらけになるような乱暴な柔道をするのですが、乱取りや試合に負けると自分が父親にやられるから必死だったようです」と倉田さんは言います。
現場からの報告では、試合で子どもが不利な判定を受けたと感じて、道場の指導者と保護者が集団で審判に抗議するケースもあるそうです。
「子どもに『頑張れ』『勝て』と言う時、実は親御さんに勝ちたい気持ちがありませんか。柔道は一歩間違えれば危険と隣り合わせの競技です。『うちの子に事故が起こるはずがない』という根拠のない安心感の中、指導者とともに勝利至上主義に組み込まれ、上を上を目指す。それは親の悲しい性(さが)です」(編集委員・中小路徹)
■過度な勝利至上主義、スポーツ離れも加速 日本スポーツ協会専務理事・森岡裕策さん
主催する日本スポーツ少年団の全国大会について、廃止も含めて検討している日本スポーツ協会の森岡裕策専務理事に聞きました。
「勝利至上主義=悪」かというと、そうではない。相手チームやチームメートと競い合い、勝利を目指して切磋琢磨(せっさたくま)することは、決して悪いことではありません。
ですが、全国大会の存在によって「行きすぎた勝利至上主義」が蔓延(まんえん)すると、子どものスポーツ離れが加速する可能性があります。
個人的な体験ですが、私の中学生時代、バレーボール部の同級生は20人いました。3年連続で全国大会に出場しましたが、途中で7人がやめた。彼らはバレーボールが大嫌いになり、「見るのも嫌だ」と言うようになってしまった。中学生でこれだけの子がこぼれ落ちる。小学生では、もっと多くの子がスポーツを嫌いになる恐れがあります。
スポーツ少年団の理念は、様々なスポーツに親しんで基礎的な体力をつけることです。しかし、近年は1種目を年がら年中やり、柔道のように無理な減量を伴ってしまうなど、理念とかけ離れた面があります。
何回も改革をしてきましたが、全国大会は聖域でした。全国大会をなくすと、少年団の登録者数が激減する可能性があるからです。スポーツ少年団の登録者数は、最盛期だった1986年度の約112万人から、2021年度には約57万人とほぼ半減しています。ですが、子どもの発育発達を考え、いよいよ聖域に切り込むことになりました。
大会に出ること以外の動機となるものを設けて、愛好者やファンを増やす必要があります。それが、これからのスポーツ団体の課題です。(聞き手・塩谷耕吾)
■親も浮かれた/リーグ戦に
アンケートは男性からの回答が約7割に及びました。結果はhttps://www.asahi.com/opinion/forum/156/でも読むことができます。
●十分に成長していない年代で、必要以上に負荷をかけるのは非常に危険。柔道のような対人スポーツでは当然、人生にかかわるけがもありうる。試合を無くせというわけではない。交流試合はすればいい。ただ、勝利にあまりに価値を置き過ぎる「全国大会」という形式は必要ではない。(大阪、男性、30代)
●私の子らは就学前からある個人競技に打ち込み、小学生から全国大会に出場しました。全国を経験すると親も周りも浮かれ、過度な期待をし、おかしくなった時期がありました。たかが習い事、たかがスポーツです。せめて子が小学生のうちはそれくらいの気持ちで、純粋に楽しめる環境を整えるほうが、全国大会に出場させるよりも大事かも知れないと、中学高校と続けてきた今は思います。(京都、その他、40代)
●小学生とはいえ、スポーツに力を入れている児童は多くいる。それなのに、その活躍の場を奪ってしまうのはどうなのだろうか。ただし、勝利至上主義の徹底のしすぎなどの問題があるときは、「今年から全国大会終わりです」ではなく、競技者やその保護者の納得を得てから少しずつやめるべきだと思う。(栃木、女性、10代)
●学童野球の指導者です。中高でスポーツをすることは勉強や進路にも影響します。小学生のスポーツで強くなること、強くなるために頑張ることの「その先」に何があるのか。競技団体単位で考えるのではなく、教育システムと照らし合わせた議論が必要だと思います。(京都、男性、50代)
●小学生が全国大会を目指して練習をしすぎることは、その後の成長に影響が出るのではないかと心配。スポーツ整形で働いているが、親や指導者の熱の入れ方に疑問を感じる場面がある。成長途中の時期のスポーツはきちんと体調管理できる大人の元で心身共に楽しめるものであってほしい。(千葉、女性、50代)
●必要なことは「ある程度、同じ程度の競技レベルの仲間と競い合う」ことと考える。トーナメントは反対。リーグ戦に限定し、競技レベルごとの複数部制とする。(東京、男性、30代)
●娘は小学生の頃から全国大会に出ていました(競泳)。それは娘にとって努力したことのご褒美であり、競技を続けるステータスでした。小学生の時にトップを取れる早咲きの子もいます。小学生の全国大会が必要な競技もあると思います。(奈良、女性、50代)
◇アンケートの問1、小学生の全国大会の開催可否については、真っ二つ、とまではいかないまでも意見が割れました。少し意外に感じましたが、自由回答を見ると、賛否にかかわらず、どれも子どもへの影響を真剣に考えた理由がつづられています。単純に二者択一といかない事情がうかがえる回答もありました。
いずれにせよ、“いきすぎた”勝利至上主義を肯定する声は皆無。それは、小学生のスポーツに求められることとして、7割以上が「楽しい体験をすること」を選択し、「勝利を目指すこと」は17%弱にとどまったことからも分かります。
子どもに負担がかからないように。だけど、晴れの舞台は用意してあげたい。複数の回答で挙がったのが、一発勝負のトーナメントをやめて、「リーグ戦にすべきでは」という提言。大事な論点と感じました。(塩谷耕吾)
◇来週29日は「働く20代のモヤモヤ:1」を掲載します。
◇ご意見・ご提案をお寄せください。asahi_forum@asahi.com…
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