(社説)原爆と菅首相 核禁条約を無視するな
これが、唯一の戦争被爆国の首相が被爆地から発すべきメッセージなのか。
菅首相が、就任後初となる広島、長崎での平和式典にのぞんだ。あらわになったのは、あらゆる核兵器を違法とする核兵器禁止条約に対する冷淡さである。今年1月に条約が発効し、来年早々には締約国会議が予定されているのに、従来の政府方針に沿うばかりで条約に距離を置く姿勢を変えなかった。
核保有国が支える核不拡散条約に基づく取り組みが進まないなか、広島・長崎の被爆者や国際NGOを推進力に、非保有国が中心となって誕生したのが核禁条約だ。式典での平和宣言で、広島市の松井一実市長は条約への参加を再び求め、長崎市の田上富久市長も条約を「育てる」道を探るよう訴えた。
しかし首相は、両市でのあいさつで核禁条約に全く触れなかった。記者会見では条約に参加しないことを強調、締約国会議へのオブザーバーとしての参加にも慎重な構えに終始した。
日本は米国の「核の傘」の下にあり、その米国は核禁条約に反対する。だからと言って、「核廃絶のゴールは共有している」「保有国と非保有国の橋渡し役に」と繰り返すだけで、成果をあげられないまま思考停止に陥っていてよいのか。
来年の締約国会議には、「核兵器のない世界」を目指す官民の関係者が世界各地から集う。そこに日本政府の姿がないことが発する「負のメッセージ」の大きさは計り知れない。広島市で式典前日にあった討論会では、公明党の山口那津男代表がオブザーバー参加を主張し、広島選出の自民党衆院議員も何らかの形での参加に触れた。首相は耳を傾けねばならない。
懸案は、ほかにもある。
「黒い雨」訴訟で政府が上告を断念し、援護対象からはずれた原告の救済が進んだことに関し、首相は「原告と同じような事情にあった方々」への対応を急ぐ考えを改めて示した。
「同じような事情」とは何を意味するのか。政府が受け入れた広島高裁判決は地理的な線引きや健康被害の有無によらず、幅広い救済を命じた。長崎でも、救済から漏れた「被爆体験者」が裁判で争っている。新たな線引きを行うことなく、迅速に決断しなければならない。
首相は広島の式典で、用意したあいさつ文のうち、核廃絶への被爆国としての役割に触れた最も重要な部分を読み飛ばした。被爆者から「本気で考えていない証拠だ」との厳しい声があがったのも無理はない。
被爆国のトップに立つ者としての認識や思いが疑われている。首相は自覚するべきだ。