(社説)東京五輪閉幕 混迷の祭典 再生めざす機に

社説

 東京五輪が終わった。

 新型コロナが世界で猛威をふるい、人々の生命が危機に瀕(ひん)するなかで強行され、観客の声援も、選手・関係者と市民との交流も封じられるという、過去に例を見ない大会だった。

 この「平和の祭典」が社会に突きつけたものは何か。明らかになった多くのごまかしや飾りをはぎ取った後に何が残り、そこにどんな意義と未来を見いだすことができるのか。

 異形な五輪の閉幕は、それを考える旅の始まりでもある。

 ■「賭け」の果ての危機

 朝日新聞の社説は5月、今夏の開催中止を菅首相に求めた。

 努力してきた選手や関係者を思えば忍びない。万全の注意を払えば大会自体は大過なく運営できるかもしれない。だが国民の健康を「賭け」の対象にすることは許されない。コロナ禍は貧しい国により大きな打撃を与えた。スポーツの土台である公平公正が揺らいでおり、このまま開催することは理にかなわない。そう考えたからだ。

 しかし「賭け」は行われ、状況はより深刻になっている。

 懸念された感染爆発が起き、首都圏を中心に病床は逼迫(ひっぱく)し、緊急でない手術や一般診療の抑制が求められるなど、医療崩壊寸前というべき事態に至った。

 五輪参加者から感染が広がったわけではないなどとして、首相や小池百合子都知事、そして国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長らは判断の誤りを認めない。しかし、市民に行動抑制や営業の自粛を求める一方で、世界から人を招いて巨大イベントを開くという矛盾した行いが、現下の危機と無縁であるはずがない。

 政府分科会の尾身茂会長は4日の衆院厚生労働委員会で「五輪が人々の意識に与えた影響はあるというのが我々専門家の考えだ」「政治のリーダーのメッセージが一体感のある強い明確なものでなかった」と述べた。至極当然の見解である。

 ■失われた信頼と権威

 これまでも大会日程から逆算して緊急事態宣言の期間を決めるなど、五輪優先・五輪ありきの姿勢が施策をゆがめてきた。コロナ下での開催意義を問われても、首相からは「子どもたちに希望や勇気を伝えたい」「世界が一つになれることを発信したい」といった、漠とした発言しか聞こえてこなかった。

 不都合な事実にも向き合い、過ちを率直に反省し、ともに正しい解を探ろうという姿勢を欠く為政者の声を、国民は受け入れなくなり、感染対策は手詰まり状態に陥っている。

 安倍前政権から続く数々のコロナ失政、そして今回の五輪の強行開催によって、社会には深い不信と分断が刻まれた。その修復は政治が取り組むべき最大の課題である。

 今回の大会は五輪そのものへの疑念もあぶり出した。

 五輪競技になることで裾野を広げようとする競技団体と、大会の価値を高めたいIOCや開催地の思惑が重なって、過去最多の33競技339種目が実施され、肥大化は極限に達した。

 延期に伴う支出増を抑えるため式典の見直しなどが模索されたが実を結ばず、酷暑の季節を避ける案も早々に退けられた。背景に、放映権料でIOCを支える米テレビ局やスポンサーである巨大資本の意向があることを、多くの国民は知った。

 財政負担をはじめとする様々なリスクを開催地に押しつけ、IOCは損失をかぶらない一方的な開催契約や、自分たちの営利や都合を全てに優先させる独善ぶりも、日本にとどまらず世界周知のものとなった。

 この構造・体質に切り込まなければ、五輪を招致する都市は早晩なくなるだろう。IOCもそれを察知し、早手回しに32年の開催地を決めたが、持続可能性への疑義は深まるばかりだ。

 五輪憲章はIOCを「国際的な非政府の非営利団体」と定義する。実態はどうか、その足元から見つめ直すべきだ。

 ■虚飾はいだ先の光

 一方で、本来のオリンピズムを体現したアスリートたちの健闘には、開催の是非を離れて心からの拍手を送りたい。

 極限に挑み、ライバルをたたえ、周囲に感謝する姿は、多くの共感を呼び、スポーツの力を改めて強く印象づけた。迫害・差別を乗り越えて参加した難民や性的少数者のプレーは、問題を可視化させ、一人ひとりの人権が守られる世界を築くことの大切さを、人々に訴えた。

 選手の心の健康の維持にもかつてない注目が集まった。過度な重圧から解放するために、国を背負って戦うという旧態依然とした五輪観と決別する必要がある。10代の選手が躍動したスケートボードなどの都市型スポーツは、その観点からも示唆を与えてくれたように思う。

 強行開催を通じて浮かび上がった課題に真摯(しんし)に向き合い、制御不能になりつつある五輪というシステムの抜本改革につなげる。難しい道のりだが、それを実現させることが東京大会の真のレガシー(遺産)となる…

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