(パブリックエディターから 新聞と読者のあいだで)もう傍観者ではいられない 山之上玲子

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 春がめぐってくると、社会に出たころを思い出します。男女雇用機会均等法ができる少し前。女性は門戸を閉ざされて、採用試験を受けられない会社がまだ多い時代でした。

 それから36年。「見渡せば男性ばかり」という職場にいつしかどっぷり漬かり、男女格差の話を聞いても「昔よりはよくなった」とやり過ごしてきたのではないか。感度の鈍い一人だったことを今さらながら自省しつつ、国際女性デーの3月8日の朝刊を開きました。

 「ThinkGender ジェンダーを考える」というマークつきの記事が各ページにずらりと並んでいます。「女らしさ」「男らしさ」という固定概念。平等をはばむ社会のしくみ。それらを見直そうと始まったキャンペーンは、今年で5年目の恒例企画となりました。

 この取り組みをどう思うか。パブリックエディター4人が編集局の担当者と意見をかわしました。

 社外から招いている地域活動家・小松理虔(りけん)さんが問いかけました。「積極的に報じる姿勢は伝わってきます。ただ、このテーマを掲げたあと、朝日の社内は変わりましたか。『さあ、意識を変えましょう』といくら世の中へ呼びかけても、まず朝日新聞が変わらなければ、きれいごとだと見られてしまう」。それでは読者に信頼されないというのです。

    *

 朝日の職場の一端がうかがえる記事が最近、朝日新聞デジタルで配信されました。「森発言から透ける『オールド・ボーイズ・ネットワーク』」という記事です。

 東京五輪パラリンピック組織委員会の会長だった森喜朗氏が2月、「女性がたくさん入っている会議は時間がかかる」と発言しました。その場の誰も発言をたしなめず、笑いが起きたと伝えられました。異を唱える人は「わきまえていない」と疎外される現実も透けて見えました。

 多数派の男性たちが築いた、仲間内の閉じた世界。そこに切り込んだこの記事には、もう一つ、私の胸を突く話がつづられていました。筆をとった秋山訓子編集委員が、自ら体験した職場でのできごとを明かしていたのです。

 「朝から出先の取材拠点でキャバクラの話をしないでほしい」という声が後輩の女性記者から寄せられたこと。上司に働きかけて解決したかに見えたのに、職場の送別会で再び話題にのぼったこと。「そんな会話を朝からするほど明るく楽しい取材チームで……」という異動者のあいさつ。わかってもらえなかったというショックと怒りを覚えながらも、抗議できなかった自身の苦い記憶。

 10年以上前の職場の話に触れるかどうか。ものすごく迷ったけれど、勇気を出して書くことにした。そうことわった上での問題提起でした。

 組織で働いていれば、逡巡(しゅんじゅん)する気持ちはよくわかります。書きながらどんな思いがよぎったか。秋山さんに聞くと、こう話してくれました。「あの時の同僚たちを責める気持ちはありません。みんな悪気はなく、無意識だったから。ただ、気づいてほしかった。少数派が抱える思いや痛み、居心地の悪さに」

 秋山さんは経験を積んだベテランですが、「これを書くのは本当に怖かった」と3度繰り返しました。

 原稿を担当した男性デスクは「どの職場にも、胸に手をあてれば思いあたる人がいるはず」といいます。

 「昔のこと」ですませる話ではないでしょう。場面や内容は違えども、異質なものを受け入れず、仲間だけでかたまりがちな体質は、いまも職場の内外に横たわっています。

    *

 性別と平等をめぐる話は、人によって考えに幅があります。生き方や働き方をせばめられ、苦しい思いをしている人たちがいます。「ジェンダー」という言葉が出てきただけで、記事を読むのをやめてしまう人もいます。

 だからこそ、伝える工夫とともに息長く報じる構えが必要です。

 新聞社にとっても、まぎれもなく「自分の問題」です。

 朝日新聞社は昨春、「ジェンダー平等宣言」を掲げました。記事や主催シンポジウムに登場する人の性別が偏らないよう努力することなどをうたった、新しい取り組みです。

 新聞の「ひと」欄に載る女性の割合は、ぐっと増えました。数字で測れる部分は変化しつつあります。

 でも、「女性への無意識の偏見は社内にもまだある」という男性からの発言を、つい最近も職場の会議で聞きました。語っている理念と本音とのずれ。あからさまな差別よりも実はやっかいで、解消するのに時間がかかります。

 課題があるからこそ新聞社が足元の悩みをもっと率直に明かす。その方が報道の中身は深まるはずです。

 森氏の問題発言をうけて、ほんの少しかもしれませんが、社会の歯車が動き出しそうな気もしています。動かないなら、動かす努力をしなければいけません。朝日新聞も、私自身も傍観者ではいられないのです。

 ◆やまのうえ・れいこ 1985年朝日新聞入社。東京社会部などを経て、社員の立場でパブリックエディターを務める。

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