データサイエンスで変わる世界 朝日教育会議

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 ■立正大×朝日新聞

 データを分析し、課題解決にどういかすか。2021年4月にデータサイエンス学部を開設する立正大学が、朝日新聞社と大型教育フォーラム「朝日教育会議2020」を共催。「データサイエンスがいかに価値を創造するか」というテーマで議論した。

 【東京都品川区の立正大学品川キャンパス石橋湛山記念講堂で11月8日に開催。インターネットでライブ動画配信された】

 ■基調講演 感覚を数値化、チームは強く観客倍に 横浜DeNAベイスターズチーム統括本部チーム戦略部長・壁谷周介さん

 野球のデータ革命は、20年ほど前に米大リーグで起こりました。映画化もされたノンフィクション「マネー・ボール」で、その様子が描かれています。弱小球団だったアスレチックスが2000年代はじめ、「セイバーメトリクス」という統計学的手法を用いて大躍進したのです。

 今では多くの大リーグ球団がデータサイエンスを採り入れ、それまで感覚的に捉えられていた部分を数値化・可視化し、選手のパフォーマンス向上や戦術にいかしています。それを支える様々なテクノロジーがあります。投球や打球のデータを数値化するレーダー弾道測定器「トラックマン」、肉眼では見えない動きをスローモーション映像で可視化するハイスピードカメラ「エッジャートロニック」などがその一例です。

 私は横浜DeNAベイスターズが誕生した12年から、チーム強化に関わっています。IT企業であるDeNAが親会社になるまで、ベイスターズは4年連続最下位、勝率3割台というチームでした。しかし16~19年の4年間で3回、Aクラスになり、17年には日本シリーズに進出しました。選手年俸の総額は約30億円と12球団では中規模ですが、様々な工夫によって、限られた予算でも結果を残しています。

 経営面でも、観客動員数は19年に228万人となり、DeNA参入前の2・1倍に伸びました。客席稼働率は98・9%で、横浜スタジアムで主催する試合のほぼ全てで満員御礼を達成しました。

 DeNAの球団改革はどのようなものだったか。まず最初に着手したのは、球団のありとあらゆる情報を集約したオペレーションシステムの構築です。選手のスカウティング情報や育成状況を記したコーチのリポートなどを一元化し、クラウドで共有しています。試合データ分析システムなどのツールも導入しました。また、大リーグの最先端のデータサイエンスを学ぶために、ダイヤモンドバックスと業務提携しています。

 データサイエンスの活用例を紹介します。以前はエクセルなどを使った分析でしたが、球団内にデータサイエンスの専門家チームをつくることで、より高度な統計学や機械学習を駆使した分析ができるようになりました。例えば守備シフト。相手の打球傾向に応じて、野手がアウト確率の高いポジションにつけるような分析をしています。

 スカウティングでは、例えば「パワー」など、これまで主観に頼っていた指標に、打球速度などの客観的データを用いるようになり、元ヤンキースのタイラー・オースティン選手獲得の際にも判断材料の一つにしました。

 パフォーマンスの可視化、つまり、目に見えないものを客観的な映像や指標で鮮明化することにも力を入れました。打撃面では「ブラストモーション」という機器を導入し、バットの軌跡、スイングの速度などをデータ化しています。投球面ではボールの回転軸、回転数、軌道を数値化する「ラプソード」を使います。今まで主観的に判断していたものが簡単にデータ化できるようになり、選手の技術向上に役立っています。

 徹底的なデータ活用でチーム強化を図り、17年の大リーグワールドシリーズでアストロズを初優勝に導いたシグ・メダルというデータ分析者がいます。「人間が気づくことは、人間が数値化できる。数値化できれば、そこから学ぶことができる」。彼のそんな言葉を胸に、これからも改革に取り組んでいきます。

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 かべや・しゅうすけ 1977年生まれ、一橋大学商学部卒。ソニー、ボストン・コンサルティング・グループを経て、2012年、横浜DeNAベイスターズに参画。チーム強化のためのIT・デジタル戦略や国際戦略を担当している。

 ■パネルディスカッション

 壁谷さんの講演に続き、立正大学が来春開設するデータサイエンス学部の北村行伸学部長、永田聡典講師(いずれも就任予定)、フリーアナウンサーの草野満代さんが登壇。データサイエンスを広く社会に応用するには何が必要か、意見交換した。(進行は伊藤裕香子・朝日新聞編集委員)

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 ――データサイエンスとスポーツの関係をどう見ているか、それぞれの立場からご説明ください。

 草野 1990年代にスポーツキャスターをしていた経験があります。プロ野球界では当時、ヤクルトの野村克也監督による「ID野球」が知られていました。選手の癖などのデータをノートに書き留め、指示を与えるというものです。また、巨人の長嶋茂雄監督の采配は「カンピューター」と呼ばれていて、それは単なる勘ではなく、長嶋監督自身に蓄積された経験や技量から、最大のパフォーマンスをはじき出すというものでした。そうした時代の延長線上に、現在のデータに基づいた野球があるのかもしれません。

 壁谷 スポーツの現場で、映像やトラッキングシステムなどによる客観的データがあることは重要です。しかし最後に判断するのは選手であり、人間です。データはあくまでもサポートするものです。

 永田 プロでもアマチュアでも、選手の心身の安全を担保することがデータサイエンスの重要な使命です。プレーに関わるダイレクトな数字を示すと、選手によっては「あら探し」と感じて、データへの拒否反応を示しかねません。しかし、投球数や出場機会の制限などにいかし、けがから守る手段としてならば理解されやすいです。

 ――データサイエンスの活用は、様々な場で広がっていますね。

 壁谷 企業活動として、ベイスターズの事例を紹介します。収益において最も大事なのは観客動員ですが、天気や曜日、対戦カードなど様々なデータから観客数を予測し、マーケティング施策を組み立てています。例えば、平日や週末など、試合日程によってチケット料金が変動する、フレックスプライス制を導入しています。今後は、観客の「ワクワク感」をデータ化できたら良いですね。例えば、スタジアム内のカメラで観客の表情を把握し、どんな時に笑ったり、盛り上がったりするのかを分析してみたいです。

 北村 コロナ禍においては、データサイエンスを活用することで、社会に安心や安全を提供できると考えます。接触通知アプリ「COCOA(ココア)」などはその一例でしょう。

 一方、個人情報が集められ、悪用されることに危機感を持つ人も多くいます。コンピューターウイルスなどの悪意に対し、いかにセキュリティーを高めて立ち向かうか。データサイエンスに関わるすべての人の学問的トピックになります。

 ――データサイエンティストに求められる能力とは、どんなものでしょうか。

 草野 先にデータありきではなく、未来の理想像を描いた上で、必要となるデータにアプローチできる。そんな人にデータサイエンティストを目指してほしいです。加えて、データを押し付けるのではなく、相手に納得してもらうためのコミュニケーション能力も大切でしょうね。

 永田 テクノロジーの進歩によって、取得できるデータ量は格段に増えました。しかし、そのデータをどのように現場にフィードバックしていくか、アイデアを提案できる人材はまだまだ足りません。

 壁谷 今は小学生がプログラミングを学ぶ時代です。情報処理を究めるのか、それを活用してビジネスやスポーツに応用していくのか。学ぶ価値は大いにあります。

 北村 グーグル共同創業者のラリー・ペイジ氏は、「コンピューター上にある情報を検索し、一番知りたいことが見つかる仕組みを作ろう」と、純粋な思いで勉強し、実現した。問題を見つけ、どんなアプリケーションを考えて実装化していくか。「GAFA(ガーファ)」と呼ばれる米IT大手は、みんなそんなモチベーションから始まっています。

 米国や中国ではデータサイエンスをベースにしたビジネスがどんどん生まれている。経済が停滞する日本でも、それに匹敵するような新しいビジネスを起こしていくために、データを活用できる人材が必要とされています。

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 くさの・みつよ フリーアナウンサー 1967年生まれ、岐阜県出身。津田塾大学学芸学部数学科卒業。89年NHK入局。報道番組キャスターなどを担当し、97年退局。テレビ出演やイベント司会のほか、国土交通省社会資本整備審議会委員、日本スポーツ協会副会長としても活動。

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 ながた・あきのり 立正大学社会福祉学部講師 1984年生まれ、大阪府出身。大阪体育大学大学院修了。VリーグやXリーグでのアナリスト経験や、データを活用したコーチングを大学バレーボールチームの監督として実践した経験を持つ。2020年から現職。

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 きたむら・ゆきのぶ 立正大学経済学部教授 1956年生まれ、京都府出身。慶応義塾大学経済学部卒業、オックスフォード大学大学院修了。慶応義塾大学大学院客員助教授一橋大学経済研究所教授・所長などを経て、2020年から現職。

 <データサイエンス学部>

 ビッグデータを処理・分析して得た知見を、ビジネス・観光・教育・スポーツなど実社会の様々な分野に応用するデータサイエンティストとしての力を養成する。数学、統計学、情報科学、プログラミングなどが学びの基礎になる。2017年に滋賀大学が全国で初めて設置。18年に横浜市立大学、19年に武蔵野大学が開設している。

 ■使いこなすのは人の力 会議を終えて

 データサイエンスを駆使すれば、毎年でも優勝できますか?

 議論の冒頭、壁谷さんに聞くと、「スポーツは生身の人間がやるもの。データはあくまでサポートです」との答えが返ってきた。

 バレーボールなどで指導経験のある永田さんも「数字を直接伝えると、あら探しと感じて拒絶する人もいる」として、動画などを使って選手に伝える工夫が必要だ、と話す。

 データがあふれる時代、問われているのは、使いこなす人の力だ。

 草野さんは「相手に納得してもらえるように、『よりよくなるため』のデータであることを伝える能力が大切」と語り、大学教育でも力を入れるポイントだと指摘した。

 参加者からは、多くの質問が寄せられた。小学4年生からの「コロナ禍をデータサイエンスで切り抜けることはできますか」の問いには、北村さんが「人と人が離れたところで作業できるのも、データサイエンスの力を借りているから」と説明した。

 理系、文系の区分を超え、人の力で可能性が広がるデータサイエンス。4人のパネリストならではの視点から、その魅力と課題を共に考えた90分だった。(伊藤裕香子)

 <立正大学> 1872年に創立し、2022年に開校150周年を迎える。東京都品川区と埼玉県熊谷市にキャンパスを構え、8学部15学科と大学院7研究科を擁する。21年4月、データサイエンス学部を開設。あわせてデータサイエンスセンターを設立し、研究や教育などへの活用を推進・支援する。

 ■朝日教育会議

 10の大学と朝日新聞社が協力し、様々な社会的課題について考える連続フォーラムです。「教育の力で未来を切りひらく」をテーマに、来場者や読者と課題を共有し、解決策を模索します。概要紹介と申し込みは特設サイト(https://aef.asahi.com/2020/別ウインドウで開きます)から。すべてのフォーラムで、インターネットによるライブ動画配信を行います(来場者募集の有無はフォーラムによって異なります)。

 共催大学は次の通りです。共立女子大学、成蹊大学拓殖大学、千葉工業大学、東海大学、東京理科大学、二松学舎大学、法政大学、立正大学、早稲田大学(50音順)

 ※本紙面は、ライブ動画配信をもとに再構成しました。

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