(社説)イラクの流血 中東の混迷が深刻だ

社説

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 平和的なデモに当局が銃撃を浴びせ、多くの死傷者を出した。中東の流血や弾圧に再び民衆の怒りが高まっている。

 イラクのバグダッドや南部の都市でデモが広がり、治安部隊と衝突した。部隊は実弾を発砲し、死者は100人、負傷者は6千人を超えた。

 一部が暴徒化したとはいえ、許されない武力行使だ。イラク政府は即座に暴力をやめ、責任の所在を究明すべきである。

 03年のイラク戦争以降、この国の混乱は収まっていない。有数の産油国なのに、失業率は高く、夏場は電力不足に陥る。

 日本も自衛隊の派遣を含む復興活動にかかわったが、その後も国情は乱れたままだ。

 イラク戦争後に生まれた政党のほとんどは特定の宗派や民族への利益誘導に走った。その結果、深刻なのは政治不信だ。05年の総選挙で約7割だった投票率は昨年には45%を切った。

 今回のデモは政党や宗教勢力が組織したものではなく、政府の腐敗や経済格差に憤った若者らが立ち上がったという。

 未来に希望のない社会は過激思想の温床となる。現にイラクの混迷は、近年世界を脅かしている過激派組織「イスラム国」(IS)を生む土壌となったことを忘れてはならない。

 イラク政府は2年前にISを掃討したと宣言したが、隣のシリアには小さな勢力が残る。トルコ軍が先日攻め込んだシリア北部では、拘束中のIS戦闘員が逃げ出すおそれもある。

 各国の混沌(こんとん)が絡み合うなか、かつてのように米国を中心にした大国が秩序の調整役を果たすこともなくなった。中東情勢の流動化は深刻になりつつある。

 いわゆる「アラブの春」が始まって、まもなく9年になる。民衆が自由と富の分配を求めた運動の果てをいま見渡せば、残念ながら、チュニジアをのぞいて強権政治ばかりが目立つ。

 一時期、初の民選大統領が就いた地域大国エジプトも、いまや軍出身の大統領が30年まで続投できるよう憲法を変えた。

 エジプトでも、先月に反政権のデモが起きるなど不穏な空気が漂っている。NGOの情報では、先月下旬以降、全土で約2千人が拘束されたという。

 その隣のリビアでは、政府が分裂して国内は荒れたままだ。イエメンの内戦も出口が見えておらず、サウジアラビアでは石油施設が攻撃された。

 荒涼たる風景が広がる中東だが、ここに今も日本は輸入する原油の8割以上を頼っている。

 米国とイランの対立の中で、日本は少しずつ平和外交への積極性を見せ始めたが、さらなる実効的な貢献策はないものか。官民あげて知恵を絞りたい。

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