コロナ後も続く「面会制限」と日本社会の思考の癖 磯野真穂さん寄稿
人類学者・磯野真穂さん寄稿
日本全国の多くの医療施設で、コロナ禍と同様の厳しい面会制限が続けられている。
朝日新聞においても、制限により父の最期に立ち会えず、つらい心のうちを吐露する女性の記事が掲載された。さらには面会制限についてのアンケートも実施され、1千件近くの回答のうち90%近くが緩和を望むという結果も公表されている。
また精神科在宅医療サービス「ACT-K」の代表で精神科医の高木俊介氏、および静岡市立静岡病院感染管理室長・岩井一也氏らによるウェブサイト「やめよう、病院・施設の面会制限 いつまで続けるの?」も公開された。緩和を望む声は高まっているといえる。
日本の面会制限緩和の動きに賛同する一人として、面会制限についてもう少し詳細な批判的問いを投げてみたい。
それは面会は家族に限るとか、15分のみとか、面会場所は病室でなくミーティングルームといった、病院側が面会制限の際に設ける細かなルールの妥当性である。これらについて文化人類学の観点からひもとき、日本社会の思考の癖を読み解いてみたい。
「面会は許可できない」
長野県に住む68歳の田中春子さんには、81歳の友人・木村芳恵さんがいる(共に仮名)。夫に先立たれ、娘は東京にいるため木村さんは一人暮らしだ。2人は長い友人で、誕生日を祝ったり、晴天時にはドライブに出かけたり、温かい交流を育んでいた。また2人が暮らす地域は車がないと大変不便であるが、木村さんには免許がない。このため田中さんは、木村さんの急病時の通院や、重いものを買う必要がある時など、送迎を買って出ていた。
木村さんは田中さんに恐縮をしつつも大変感謝をしており、娘にも田中さんのことをよく話していた。その結果、田中さんは木村さんの娘の喜子さんとも親しくなり、連絡を取り合う間柄となった。「うちの母は、田中さんの娘さんのことを、まるで自分の娘であるかのようにうれしそうに話すんですよ」と喜子さんから言われたこともあるという。
そんな折、木村さんは脳梗塞(こうそく)になってしまう。軽症ではあったがしばらくの入院が必要となった。喜子さんは帰省の回数を増やし、母のお見舞いに定期的に通った。しかし仕事などの事情でしばらく帰省ができなくなったため、喜子さんは田中さんに、代わりにお見舞いに行ってもらえないかと依頼をした。木村さんを案じていた田中さんは、もちろん二つ返事で了解する。しかしその後、喜子さんからおわびの連絡が届いた。「田中さんは木村さんの家族ではなく、また終末期でもないから面会は許可できない」という病院からの回答があったためだ。
その病院もまた、日本全国の多くの病院と同様に厳しい面会制限を設けていた。面会時間はあらかじめ面会許可時間として設定されたうちの10分、面会して良いのは家族のみ2人という決まりである。喜子さんは、自分の事情のみならず、母と田中さんの関係も説明した上で、面会許可をしてくれるようお願いをした。しかしそれでも病院は許可を出さなかった。
田中さんは、次のように話す。
長野のような田舎では、子どもが親と離れて住んでいることが多く、遠くの家族より近くの友人とより親しいということは珍しくない。面会をする場合には、マスクをちゃんとつけ、静かに行動する。大勢で押しかけるわけでもなければ、毎日通い詰めるわけでもない。そもそも、家族が良いなら、なぜ友人はダメなのだろう。家族というだけで感染リスクが下がることなどあるわけがない。
田中さんの言い分はもっともである。
2020年、新型コロナは世界を大混乱に陥れた。しかし蔓延(まんえん)した病気は同じであるにもかかわらず、各国の対応は大きく異なった。考え方や行動の仕方の基盤として、それぞれの地域にデータベースのように存在する文化が、各地域の対応の違いを生み出す原動力となったのである。
日本は、罰金や逮捕など、法による強い拘束力を用いることなく、「お願い」ベースで全国的な感染対策を実施した社会として知られている。しかしそれは言い換えれば、上からの管理の代わりに、国民同士の相互監視に感染対策の行く末を委ねたということだ。また、相互監視の他に注目すべき点は、県内と県外など、「ウチ」と「ソト」の境界を強力に作り上げ、感染という悪はソトから持ち込まれるのであるという世界観を作り上げたことである。
感染初期の頃であれば、人間のありがちな反応として理解できる。しかし感染が全世界・全国で広がった状況において、ソトを過剰に警戒する防御はどう考えても無意味。ところが日本はその状態になってからも、ウチとソトの考えを持ち出し、感染拡大を理解しようとした。県外の人と交流した事実をもって、その感染を「県外由来の系統」と名付けてみたり、「鎖国2.0」「外国人嫌悪」と名付けられるほどの厳しい水際対策を2年以上も続けたりといった対策がその例である。
幾重もの「ウチ」と「ソト」
いまだに全国で続く医療機関の面会制限はこの延長であろう。
病院関係者を「ウチ」、それ…
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