興野優平
酒どころ・西条(広島県東広島市)を代表する賀茂鶴酒造で、中須賀玄治(なかすかげんじ)さん(38)は一昨年から杜氏(とうじ)を務める。「令和の酒造りをしながら、江戸時代の酒造りもしています」
科学技術を結集させた現代の手法で、同社が生産する日本酒の約8割を手がける一方、明治まで脈々と受け継がれてきた伝統的な手法での酒造りにも挑む。
現代では、日本酒は味わいや香りを狙った通りに造れる製品だという。主流は、温度管理を徹底し、乳酸や酵母を人工的に加える「速醸(そくじょう)造り」。一方、乳酸も酵母も自然発生を促していくのが伝統的な手法だ。できあがるまで仕上がりはわからない。「だから面白い」
きっかけは2021年、県内の別の酒蔵で見た光景だ。伝統的な手法での酒造りをしていた。元気よく発酵が進み、泡がもこもこと出ている。聞けば、「この酵母が何なのか、わからない」という。「造っている人間でさえ、何ができるのかわかっていない。そこにロマンを感じた」と振り返る。
やってみたいと思っていたところに、賀茂鶴酒造に木桶(きおけ)を卸す大阪の職人から、製法を学ばないかと誘われた。木桶は酒の香りに直結する大切な道具。それまでも修理の経験はあった。後継者不足も聞かされ、若い世代が技術を受け継ぐ必要性も感じていた。
昨年、自分で一からつくった木桶を使っての酒造りを社内で提案し、挑戦した。
米1トン分を仕込める高さ約2メートルの木桶も造ったが、失敗が怖い。おそるおそる小さな木桶を使い、米は150キロで始めた。
できあがった酒は「雑味のない、すっきりした仕上がり」。ほんのり木の香りがした。予想していたのは、もっと米の味が直接的に出る仕上がりだった。「驚きました」。加温していくと、味の幅が広がり、懐の深さを感じさせた。
仕込んでいる期間中、夜に何度かうなされて跳び起きた。酒の状態が気になり、いつも木桶をのぞいていた。「造り方の原理は同じなんです。でも、自分で触れて感じて、変化を観察し続ける大切さを身をもって知った」。現代では科学的に解明されたことも、昔はわかっていなかったのだと感じたという。「酒は神からの授かりもの、という感覚があったと思います」(興野優平)
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中須賀さんが伝統的な手法で試験的に造った酒は、「木桶生酛(きおけきもと) ver.1.0」と名前がついた。2月、賀茂鶴直営オンラインストアで数量限定ながら販売予定だ。広島県産山田錦を使用した純米酒で、割水をしていない。720ミリリットル入りで価格は2200円(税込み)という。
昨年は、日本酒や焼酎などを造る技術「伝統的酒造り」がユネスコ(国連教育科学文化機関)の無形文化遺産に登録されたばかり。中須賀さんは「日本酒を手に取る機会が少しでも増えてほしい」と話す。(興野優平)