曳山「鯱」支える漆器の産地・輪島の復興願う 2日から唐津くんち

森田博志
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 佐賀県唐津市唐津くんち(唐津神社秋季例大祭)が2日から始まる。世界最大級の漆の美術工芸品と呼ばれる14台の曳山(ひきやま)のうち、13番曳山(やま)「鯱(しゃち)」は全国有数の漆器の産地、石川県輪島市の職人に長年支えられてきた。鯱の曳(ひ)き子となる唐津市水主(かこ)町の住民らは、地震と豪雨に見舞われた能登地方の復興を願い、旧城下町を巡行する。

 唐津くんちは国の重要無形民俗文化財ユネスコ無形文化遺産にも登録されている。曳山は市中心部の町ごとにあり、水主町の鯱は1876(明治9)年に制作された。唐津藩の水夫が住んでいたことが町の始まりとされ、鯱には唐津を火災から守る願いが込められたという。

 老朽化などで初めて修復された1930(昭和5)年、町内にあった大店(おおだな)の宮島家に出入りしていた輪島塗の職人が携わったことで縁ができた。初代の曳山の傷みは激しく、ほぼ作り替えられ、現存する高さ約6.5メートル、幅約3メートルの曳山になったという。その後、3回の修復があり、一度は福岡県の業者が担当したが、直近の2020年は輪島市の田谷漆器店が担った。10人ほどの職人が19年11月から1年ほどかけ、鯱を鮮やかによみがえらせた。水主町曳山取締の前川源明さん(53)は「職人さんの真面目さというか、ビジネスライクじゃないところに我々もひかれた」と振り返り、今も交流が続く。

 今年1月の能登半島地震で田谷漆器店の事務所や工場は倒壊し、建設中のギャラリーは焼け落ちた。水主町ではすぐ支援策を協議し、2月にはこの店と輪島漆器商工業協同組合に見舞金と激励の寄せ書き幕を送った。前川さんは「先人から託された思いや伝統を守り、今後の『鯱』の修復にも輪島塗の職人さんに腕を振るってもらうため、力強く復興してもらえれば」と願う。唐津市での支援の輪は広がり、曳山の町内が校区の市立第一中学と第五中の生徒会では校内や街頭で募金活動を続けてきた。10月中旬も活動した第五中3年の吉田裡音さんは唐津くんちにも参加しており、「水主町と輪島のつながりを知り、少しでも石川の方々の支援になれば」と話した。

 10月27日には日本工芸会総裁を務める秋篠宮家の次女佳子さまが、唐津市の曳山展示場を訪れた。前川さんが水主町と輪島との縁などを説明すると、佳子さまは「鯱は鮮やかでとてもきれいな赤ですね。輪島塗の職人さんが仕上げられたんですね」などと感想を話したという。

 田谷漆器店の田谷昂大代表(33)は4年前の修復に「塗師屋(ぬしや)」として携わった。プロデューサー的な立場で、「塗師屋としての人生の中で一番大きな作業だった」。輪島での本格的な復興はこれから。寄せ書き幕は臨時の作業場などになるトレーラーハウスに掲げるという。水主町では今回、鯱に「輪島復興祈願」と書いた木札を立てて曳きまわる。田谷さんも唐津を訪れ、見守ることにしている。

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