第1回「お前は犯人だ」 責め立てる刑事、人物像から疑われた袴田巌さん
【連載プロローグ】なぜ死刑囚にされたのか 袴田さん事件58年
「お前は犯人だ。な、犯人に間違いない」
1966年9月5日、静岡県警清水署の一室。4人の取調官が代わる代わる男性(30)を一方的に責め立てる。「泣いてみろ、泣いてみろ」「涙を流せ」。謝罪と反省も、執拗(しつよう)に求める。
男性は袴田巌さん。同県清水市(現・静岡市清水区)で子ども2人を含むみそ製造会社専務一家4人を殺害した疑いなどで逮捕された。19日目の取り調べだ。
逮捕以降、袴田さんは否定し続けた。だが、追及は体調を崩してもやまず、取調室で小便もさせられていた。
計約430時間に及んだ聴取の一部が録音テープに残る。19日目の録音は約65分間。取調官の言葉だけが聞こえる。袴田さんの声は聞こえない。
録音の最後の約3分は、取調官ががなり立てるように迫り続ける。
「お前は4人殺して火をつけた。4人を殺したんだ。4人をお前は殺したんだぞ、ええか。4人を刺し殺したんだ。無抵抗の人を。4人を殺したぞ。それで火をつけた。お前は4人殺した。4人殺した」
翌日、「自白」した。
【連載】なぜ死刑囚にされたのか 袴田さん事件58年
袴田さんはなぜ死刑囚にされたのか。独自に入手した捜査資料や裁判記録を読み込み、事件に関わった捜査関係者や裁判官、弁護士、捜査対象になった人たち計170人を訪ね、事件発生からの58年をひもときます。
この2カ月後に始まった公判で、袴田さんは自白を撤回し無罪を訴えたが、死刑判決が確定した。
事件から58年が経った今月26日、袴田さんは再審公判の判決を迎える。無罪になる公算が大きい。いま88歳の袴田さんは、長年の収容生活による拘禁反応で意思疎通が難しい。
「自供を取るぞ」
「あの時代、『自供第一主義』から『証拠第一主義』に移り変わるときだった」
鑑識捜査に携わった静岡県警…