バングラデシュで何が起きているのか 識者が指摘する積年の課題とは

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聞き手・浪間新太

 バングラデシュで公務員の特別採用枠に抗議する学生中心のデモが拡大し、治安当局と衝突して少なくとも150人が死亡しました。なぜこれほど激しい衝突が起きたのか。立教大学の日下部尚徳准教授(バングラデシュ地域研究)に聞きました。

 ――学生らは何に不満を持っているのでしょうか。

 バングラデシュでは、1971年のパキスタンからの独立戦争を戦った「自由の戦士」と呼ばれる退役軍人らの家族に公務員の採用枠の3割が割り当てられてきました。この制度は、独立運動を主導した現与党のアワミ連盟(AL)によって、政治的影響力の維持・拡大に利用されてきた側面があります。ALにとって独立戦争は統治の正統性の根幹であり、「自由の戦士」の家族の優遇制度はその延長線上にあります。

優遇は「不公平」と不満

 大学生など高学歴層の就職難が続く中で、公務員は人気の高い安定した就職先。学生の間では長年、特別採用枠に対して「不公平だ」「実力主義にすべきだ」との強い不満がありました。そうした中、AL政権は2018年に制度の廃止を決めました。選挙戦略も背景にあったとみられます。しかし、具体的なロードマップは示されず、実際には制度が継続してきました。

 そして今年6月、高等裁判所が18年の政府決定を違憲として覆す判断をしたわけです。バングラデシュでは近年、実質的に司法の独立が機能しているとは言えない状況が続いており、裁判所の判断は政権の意向を受けたものとみられます。つまり、一度廃止を決めたにもかかわらず、実際には継続していた制度について、改めて是認したわけです。この判断を受けて、学生の不満が爆発しました。ダッカ大学などの国立大学を中心に全土にデモが波及しました。

 2008年の総選挙で勝利して以来、4期連続で政権を担うALが、安定政権を維持するために言論弾圧など強権的な手法を使い、国民の不満が相当程度蓄積していたという背景もあります。米欧は現政権を強く批判してきました。残念ながら今回のデモでも、警察は学生らに実弾を発射。また、警察と軍の出向者でつくる特殊部隊「RAB」も出動し、殺傷能力が高い武器を使用して暴力的に対応したことが報じられています。また今回初めて、政府はインターネットを全面的に遮断しました。

 バングラデシュは現政権のもとで経済成長を続けてきましたが、2022年のロシアによるウクライナ侵攻後、急激な物価高に見舞われ、経済の恩恵は一部の人にしか行き渡っていないとの不満が国民に渦巻いています。

 こうした全般的な状況も今回のデモの背景にあると言えるでしょう。

 ――デモに伴う治安当局との衝突はなぜこれほどまでに激化したのでしょうか。

首相の「ラザカール」発言が火をつけた

 二つの要因があると思います。一つ目は学生らのデモに対し、ハシナ首相が14日、「もし『自由の戦士』の孫が(特別採用枠を)受け取らなければ、誰がそれを受け取るのか? 『ラザカール』の孫たちか?」と発言したこと。「ラザカール」とは、「パキスタンからの独立運動に反対し、独立派知識人の虐殺や女性へのレイプに加担した準軍事組織」を指します。バングラデシュでは反国家的な人間を意味する非常に強い言葉です。ハシナ氏の発言で「抗議の正当性を完全に否定された」と捉えた学生の怒りに火がつきました。

 二つ目は、バングラデシュ民…

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この記事を書いた人
浪間新太
国際報道部
専門・関心分野
ロシア政治・外交、ウクライナ情勢、国際法