私は何%「日本人」? DNA上の見知らぬ親族へ 岡田育さんコラム

岡田育 ハジッコを生きる

 二十一世紀も四半を過ぎつつあるのに、ジェノサイドという言葉がふたたび日常会話に頻出するようになった。特定の集団、その民族を文化を破壊する無差別殺人が繰り返され、歴史の教科書で習った同じ愚行が今なお続く。報道に目を覆いながらスマホを開くと、遺伝子検査会社「23andMe」から新規通知が届いていた。

 疾病リスクを把握したくて十年ほど前に唾液(だえき)サンプルを送ったのだが、今は「祖先の追跡」が面白い。預けたDNA情報が世界中の参加者と比較され、類似の遺伝的特性を持つ集団に割り当てられていく。ハプログループというしるしを辿(たど)れば私の母方の起源は約十八万年前のアフリカ東部までさかのぼれる。その血筋がシベリアを経由して日本列島へ至った軌跡までわかる。途中でネアンデルタール人の血も少し混じり、そこから「方向感覚に劣る」特性を継承したことまで刻まれている。

 私の祖先構成比は「48%日本人」と算出された。ここでの「日本」は国家ではなく地域の名称で、フランス&ドイツ、アラビア半島など、祖先集団には数十の分類がある。そして、北欧スウェーデンから南はタスマニアまで、同時代を生きる「見知らぬ親族」が五七四人も見つかった。米国在住のみいとこ(祖父母のいとこの孫)だけで四人いて、アジア系だったり、西洋風の姓だったりする。世界地図いっぱいに散る家系図。窮屈な家族観に風穴が開けられた。

 データベースが拡大すれば遺伝的類似性の特定精度も高まり、さらに細かく絞り込める。「親族」の分布を見せ、両親にも検査を勧めたのだが、意外にもひどく渋い顔で拒まれて、物別れに終わった。「知りたくない」のだそうだ。何を? 我々が「純粋な日本人」ではないことを?

 いくら見て見ぬフリをしようと地球は回り、ヒトは交わる。鎖国時代まで含めても我が国が単一民族社会だったことなどない。地理的特性を鑑みれば100%判定の「日本人」も珍しくはないのだろうが、それを根拠に「純度」を語るのもバカバカしい。ご先祖様が海を越えて渡来したように、私は旅券を携えて飛行機に乗って引っ越した。「どこから来たの?」という問いには今後も同じ答えを返す。島国に生まれ育ち、そこを離れたジャパニーズです、と。

 そして、同じヒトの誰一人として、二度と民族浄化や同化政策や大量虐殺の犠牲とならぬようにと願う。この国境の向こう鉄条網の向こう、一夜で廃虚と化した街にも、広い家系図のハジとハジで繫(つな)がる自分の親族がいて驚かない。誰かのアイデンティティが脅かされるのは、私のそれが脅かされるのと同じことだ。知れば、見過ごすことはできない。

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 おかだ・いく 文筆家。東京出身、ニューヨーク在住。出版社勤務を経てエッセーの執筆を始める。著書に「ハジの多い人生」「女の節目は両A面」「我は、おばさん」など。

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