橋本治とは何者だったのか 「桃尻娘」「草薙の剣」の異才、進む再評価

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野波健祐

 橋本治(1948~2019)とは何者だったのか。「桃尻娘」をはじめとする小説や、エッセー、評論に膨大な著作を残しながら、文学史上の位置づけがあいまいな異才に、ようやく光があてられようとしている。

 横浜市の神奈川近代文学館で、6月2日まで「帰って来た橋本治展」が開かれている。遺品など約450点を展示、入り口近くには、橋本の名を一躍知らしめた68年の東京大駒場祭のポスター「とめてくれるな おっかさん」の原画が置かれている。

 人生をたどる第1部の展示からは、橋本の異能ぶりが伝わってくる。78年刊行の「桃尻娘」が評判となり、翌年には漫画評論「花咲く乙女たちのキンピラゴボウ」を発表、歌舞伎のポスターを描き、編み物の本を出し、フジテレビの番組キャンペーンにかり出される。どこか浮かれていた80年代文化の体現者のようでありながら、政治経済、時事問題にも一家言をもち、メディアを通じて発信を続けた。

 「世界ってどういう成り立ちなのかを、あらゆるジャンルにわたって、考えたり調べたり、人に伝えたりしてきた書き手だと思う」とは、同展の編集委員を務めた作家の松家仁之さんの言だ。

 第2部は作家活動、第3部はアート作品に焦点をあてる。目をひくのは「桃尻語訳 枕草子」で原文を現代の女の子言葉に置き換えた訳語カード群、「双調 平家物語」の執筆に使った数メートルに及ぶ自作年表だ。「イラストを着られるから」と始めた編み物で作った細密画のようなニットも含め、とにかく手を動かす人だったことがわかる。

 橋本は01年の新書「『わからない』という方法」で、20世紀を「自分の知らない正解がどこかにあるはず」と多くの人が思い込んだ〈理論の時代〉と位置づけ、こう続ける。

 〈二十一世紀は、人類の前に再び訪れた、「わからない」をスタート地点とする、いとも当たり前の時代なのである〉

 回顧展は橋本が20世紀から「わからない」を考え続けた跡をたどる構成にもなっている。

「あなたはどうするの」問い続けた

 橋本の小説と戯曲を一望する評論「はじめての橋本治論」(河出書房新社)が3月に刊行された。著者は作家・劇作家の千木良(ちぎら)悠子さん。「桃尻娘」と同じ78年生まれで、中学1年のときに初めて読んで以来、橋本作品を追いかけてきた。

 「橋本さんは少女漫画をはじめ、いろんなものを歴史的な文脈に位置づけてきた。そんな人を変わった書き手としてポツンとさびしくさせてはいけない」との思いから、改めて作品を精読し、現代文学の重要作家として位置づけている。

 しばしば、新世代の若者の声…

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