下町・山谷にマンションブーム 安宿求める観光客で「ドヤ街」に変化

有料記事

上田学
[PR]

 東京の下町・山谷はかつて「日雇い労働者の街」と呼ばれた。簡易宿泊所が立ち並ぶ、全国有数の「ドヤ街」として知られ、独特の雰囲気を醸し出していた。そんな街に今、増えているのは安宿目当ての観光客だという。山谷はどう変わったのか。それを知るため、赴いてみた。

まずは刑場跡地へ

 最寄りの南千住駅(荒川区)を出てまず、金色の三つ葉葵の文様が施された「小塚原回向院(えこういん)」が目に入ってきた。時代劇にもよく出てくる、江戸時代から明治にかけて罪人を処刑した「小塚原刑場」の跡地でもある。敷地内には、安政の大獄で処罰された吉田松陰、江戸時代の盗賊・鼠小僧次郎吉の墓に加え、なぜか「プロレスの神様」であるカール・ゴッチの墓も並ぶ。

 処刑された人を弔う場でありながら、本堂の入り口には「解体新書」の記念碑がある。1771年、蘭学(らんがく)医の杉田玄白や前野良沢らが、ここで囚人の腑(ふ)分け(解剖)を見学し、「解体新書」の刊行につながったという。日本近代医学の発祥地の一つと言われるゆえんだ。

 南下し、台東区との区境にあ…

この記事は有料記事です。残り1914文字有料会員になると続きをお読みいただけます。

【締め切り迫る】有料記事読み放題!スタンダードコースが今なら2カ月間月額100円!詳しくはこちら