「働く女のモデルケース」から「フェアネス」へ 女性向け漫画の変遷

有料記事

聞き手・真田香菜子

 女性向けマンガの世界では近年、女性を取り巻く状況を扱う作品が増えています。その理由と女性向けマンガの変遷を「労働系女子マンガ論!」などの著書がある東北芸術工科大学芸術学部准教授のトミヤマユキコさんに聞きました。

バブル期以降は「女性の生き方」をリアルに描く作品がブームに

 ――そもそもマンガは価値観にどのような影響を与えるのでしょうか。

 読み手は単なるエンタメとして消費しているつもりでも、マンガに書かれている価値観が、知らず知らずのうちに読者の内面に影響しているということはあると思います。

 特に少女マンガを含めた女性向けのマンガは、恋愛をめぐる「理想」や「憧れ」について読者の価値観に大きく影響している可能性がある。

 「不倫をやめられない」という若くて熱心な少女マンガの読者に会ったことがあります。その人は「マンガのような夢のある楽しい恋愛をしようと思うと、恋愛経験もお金も落ち着きもある既婚男性しか相手にならない」と言うんです。ただ彼女は、ある日、自分と同世代の人とも恋愛しようと決めます。そのときに思ったのが「ああ、私は少女マンガの世界を去るのだ」だったとか……。

 エンタメでありながら、こんな風に人の価値観に影響を及ぼすマンガって、とても興味深いメディアだと思いませんか。恋愛だけではなく、バブル期以降の女性向けマンガには、女性の生き方、あるいは苦しい現実についてリアルに描いている作品も多い。

 ――1980年代半ばにはレディースコミック誌の創刊ラッシュがありました。男女雇用機会均等法の施行は86年。女性をめぐる環境が大きく変化した時期に、女性向けマンガもブームになったんですね。

 当時は「結婚がゴール」というラブロマンス作品も少なくありませんでした。一方で「仕事」の描き方に変化も現れ始めていました。例えば80年代後半、話題になった深見じゅん「悪女(わる)」は、女性主人公が出世のためにがんばる話。女性が仕事に精を出したり、出世を夢見たりする。現実世界のモデルケースが少ないこともあって、マンガが働く女性をさまざまに描くようになった側面があります。

 90年代のバブル崩壊後の安野モヨコ「ハッピー・マニア」にはフリーターのヒロインが登場。時代の波に翻弄(ほんろう)されながらも、どっこい生きていく、タフネスの塊のような女性が描かれます。魚喃(なななん)キリコ「南瓜(かぼちゃ)とマヨネーズ」のヒロインもフリーターの女性。現実世界の読者も、経済的に不安定な社会状況で幸せをつかむ方法を知りたかったのでしょうか。

 2000年代に入ると、バリキャリ(バリバリのキャリア)女性が描かれるようになりました。小川彌生「きみはペット」が、その代表的な作品。女性の社会進出が当たり前になったことで、今度はそのディテールが問われるようになったということでしょう。おかざき真里「&」や槇村さとる「Real Clothes」でも、仕事に打ち込む姿が繰り返し描かれています。ただ10年代にはハードワーカーの女性を描く流れはいったん落ち着く。

 そして池辺葵(あおい)「プリンセスメゾン」のように、稼ぎが少なくても仕事にやりがいを持ち、夢をかなえようとするヒロインが支持されるようになります。コナリミサト「凪(なぎ)のお暇(いとま)」は、OLとして働いていた主人公が、無理をしている自分に気づくことから始まる物語。いったん社会から“降りてみる”話として読むこともできます。「自分らしく」ありながら、どのように社会と接点を持つのかがテーマとして浮上してきたと言えるでしょう。

インタビュー後半では、近年の女性向けマンガの特徴や、大学院生時代にマンガに救われたトミヤマさんの実体験が語られます。さらに少女マンガ誌について、「小さな子どもに関しては、多様な価値観を知るために、様々な媒体や作品を横断することが重要だ」と指摘します。

 そして近年では#MeToo…

この記事は有料記事です。残り2401文字有料会員になると続きをお読みいただけます。

【春トクキャンペーン】有料記事読み放題!スタンダードコースが今なら2カ月間月額100円!詳しくはこちら