「けんたが生きた証し残したい」 津波で息子を失った両親が絵本出版

柳沼広幸
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 「けんたが生きた証しを残したい」――。13年前の東日本大震災で、宮城県女川町の七十七(しちじゅうしち)銀行女川支店に勤めていた田村健太さん(当時25)を津波で亡くした両親が絵本を出版した。「大切な命を守ってほしい」。健太さんが教えてくれたことを次の世代に伝えたいという。

 絵本のタイトルは「ふしぎな光のしずく~けんたとの約束~」で、3月に完成した。原案を考えたのは、健太さんの父親の孝行さん(63)と母親の弘美さん(61)=大崎市松山千石=だ。

 被災者の支援活動に取り組むミュージシャンとも協力し、文章や絵も作り上げた。「嘆き悲しみ、怒りで途方に暮れていた私たちを支え、絵本作りを手伝ってくれた」と弘美さん。制作には5年がかかったという。

 健太さんは、町一番のやんちゃ坊主だった。小学生で始めた野球に夢中になり、野球を続けながら大人になった。そしてあこがれの会社に就職。輝いていた人生は突然、暗転する。2011年3月11日。

 健太さんは津波警報で、海の目の前にある会社の2階屋上に避難した。

 「真っ黒な海が、ついにけんたたちのいる屋上にまで襲いかかってきた。少しでも高い場所へと、屋上のそのまた上へみんなではしごをよじ登った。でも…もう逃げる場所がない」

 七十七銀行女川支店では当時、支店長の判断で13人が2階建て支店の高さ約10メートルの屋上に避難したが、支店は津波にのみ込まれた。海で救助された男性行員1人を除く12人が犠牲に。健太さんは震災から半年後の9月に海で遺体が発見された。13年経った今も8人は行方不明のままだ。他の金融機関などは近くの高台に避難し、犠牲者はいなかった。

 「大切な命を亡くして初めて気がついた。こんなにもつらい思いをすることを。命は自分だけのものではないことを知ってほしい。自分の命を守ることにつなげてほしい」と弘美さん。

 絵本は小学生にも理解できるよう、難しい漢字に読み仮名をつけた。健太さんの生い立ちなどを伝える場面は明るい絵だが、津波に襲われる場面は暗く恐ろしい。「もっと怖く描いてほしい」。弘美さんは、震災を知らない若い世代に、津波の恐ろしさ、すぐ逃げることの大切さをきちんと伝えたいと考えた。

 田村さん夫妻は、健太さんらの死は「守れた命」だったと考えている。一般社団法人「健太いのちの教室」を運営し、命の大切さや企業の防災対策などを考える講演活動も続けている。

 「けんたが命をかけて教えてくれたこと。『大切な命を守ること』。未来につなげたい」

 交流があるノンフィクション作家の柳田邦男さんは「愛するわが子を津波に奪われた母さん、父さんの辛(つら)い辛い歳月。でも、ある日聞こえてきたわが子のやさしい声!この絵本は、悲しみ暗いトンネルのなかにいる人の心に“希望の光”をもたらすでしょう」と絵本の帯に書いた。

 「過去の記録が未来を照らす」と孝行さん。「健太と約束したんだ。あなたの命を生かし続けると。絵本として残すことができて、ひとつ約束を果たせた」

 絵本はカラーで42ページ。健太さんや家族の写真も載せた。税込み1100円。問い合わせは、金港堂出版部(022・397・7682)へ。(柳沼広幸)

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