坊っちゃん列車、復活の汽笛 ベテラン運転士のあくなき向上心

神谷毅
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 【愛媛】昨年11月から運休が続いていた伊予鉄道松山市)の坊っちゃん列車が20日、運行を再開した。運休前と同じ年末年始を除く土日と祝日に運行する。

 この日、道後温泉駅を午前9時19分に出発した列車には、地元の関係者や観光客らが大勢集まって声援を送った。

 乗車のための整理券「1番」を取った松山市の中学1年生、仲田光希(こうき)さん(13)はこれまで約30回、坊っちゃん列車に乗った大ファン。「運休を聞いて悲しかったが、今日は楽しんで乗りたい」

 千葉県袖ケ浦市から旅行に来ていた小学6年生、坂下奏真さん(12)は鉄道ファンで、いつか坊っちゃん列車を実物で見たいと思っていた。「小さいけど迫力がある。動いているところを見られてうれしい」

 坊っちゃん列車は小型SLをかたどったディーゼル機関車。松山市中心部と道後温泉を結ぶ路線を走り、観光客らに人気だったが、運転士不足などを理由に昨年11月に運休した。

 その後、松山市や伊予鉄、経済界や観光業界らが運行再開に向けた課題を話し合う「坊っちゃん列車を考える会」を2回開催。運行にかかわる累積赤字が約14億円に上ることが判明するなど、伊予鉄は市に支援を求めていた。

 市が昨年末に行ったSNSLINE(ライン)を活用したアンケートでは、回答者の8割超が運行再開を支持。一方で、伊予鉄道への財政支援には「一部のみ」とする意見が半数近くを占めた。

 こうした中で伊予鉄は春の労使交渉を前倒しし、今年1月に平均5%以上の賃上げを実施。採用も強化し、「乗務員の確保にめどがつきつつある」と再開に踏み切った。

 市は幅広く支援を募るため、運行再開に合わせてクラウドファンディングをする考えだ。ただ伊予鉄は市に継続して支援を求める意向を示している。(神谷毅)

     ◇

 坊っちゃん列車の運転士、出来功太郎さん(39)は幼いころ、車掌になりたかった。

 伊予鉄道が運営していた松山市の遊園地「梅津寺パーク」へ両親に電車でよく連れていってもらったことがきっかけだった。

 高校を出て、伊予鉄道に就職。夢はかない、車掌を4年半ほど務めた。同僚たちより少し遅れたが、道路上を走る市内電車の運転免許も取った。路面で車と並走すると緊張して震えた。

 5年ほど経ち、会社から「坊っちゃん列車の車掌にならないか」と言われた。「精いっぱいがんばります!」。すぐに答えた。

 坊っちゃん列車の車掌になるということは、その先に運転士の道が開けたことも意味していた。車掌を5年ほど務め、運転に必要な「乙種内燃車」の免許を取った。

 2016年末から、坊っちゃん列車の運転を始めた。路面を走り、安全に運転するという意味では、市内電車と大きな違いはないが、注目度が全く違った。

 観光客や鉄道ファンの見どころの一つに「方向転換」作業がある。発着駅となる道後温泉や古町などには転車台がない。このため方向転換をする際には、路面下にある油圧式シリンダーを伸ばして機関車を持ち上げ、運転士らが手で押しながらグルッと回転させる。

 カメラを向けられることも多くなった。毎週のように見に来て差し入れをくれる地元の母子がいる。連休に必ずやってくる愛知や京都、熊本など遠方のファンもいる。

 「運休を聞いた時、真っ先に浮かんだのが、こうしたお客様たちの顔でした」。市内電車の運転中も「はや坊っちゃん復活せんの?」とよく聞かれた。

 坊っちゃん列車の運転士になって7年余り。現役の中では最もキャリアが長くなった。

 運転で心がけるのは「寝ているお客さんを起こさないこと」。路面電車なので、左側を並走する車に突然右折されると、急ブレーキをかけざるをえない。

 「でも危険を事前に予知していれば、速度を調整でき避けられる。お客様も寝たままでいられる」。列車のサイドミラーにやや後ろを並走する車が映る。「ドライバーの頭の角度や目線、手の動きで次の動きが分かるんです」

 高校2年の長男と1年の長女は幼いころから、「お父さんを見に行こう」と自分が運転する市内電車に乗ってきた。坊っちゃん列車の制服姿を見に来た時は、「かっこいいね、お父さん!」と言われ、照れた。

 長男は運転士になりたいと工業高校に進んだ。長女の夢も車掌だ。「うれしいですけど、家庭と職場の顔は違うので、ちょっと複雑かなあ」

 運転士とは、安全を極めるため、正解も終わりもない仕事だと考えている。「でもこれほど奥深く、やりがいのある仕事はありませんよ」

 向上心という思いを乗せて、坊っちゃん列車の汽笛が鳴る。(神谷毅)

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