若手写真家を「みんなで応援」 手作り助成プロジェクトに込めた理想
写真家・岡原功祐さん寄稿
「PITCH GRANTを休止します」
私は2020年から、若手写真家向けの助成金プロジェクト「PITCH GRANT」を進めてきた。その休止を先日、関係者に伝えた。
パリ暮らしを終え18年に日本に戻った私は、パリでの経験を思い出していた。オランダ文化会館主宰のアーティストのためのプレゼン大会のことだ。「パリ・フォト」という、世界最大の写真のアートフェアが開催される最中に行われた助成金獲得のためのイベントがあった。作品と企画書をもとに選ばれた作家たちが、会場の一般聴衆を前に作品のプレゼンテーションをし、その場で最も多くの票を集めれば5千ユーロを獲得するというものだ。私もプレゼンに臨んだが、時間が足りず、最後はしどろもどろ。非常に悔しい思いをした。ただ、同時に、本当に楽しい時間だった。会場にいる皆が登壇者のプロジェクトを応援してくれるのを感じた。
パリの経験から日本にも一石を
「日本でも、ああいうことをできたらいいな」
日本の教育システムの中で育った私は、人前で自分の考えを表現するのが苦手だった。同じような問題を抱えている人にとっては、プレゼンの機会そのものにも価値がありそうだ。
ちょうど、新型コロナウイルスによる外出制限が呼びかけられる直前の2020年、撮影の合間に、助成金プロジェクトの企画書を書いた。
これは、私なりに日本で感じていたモヤモヤに対するアクションでもあった。私自身、ドキュメンタリー写真の分野では、そこそこのキャリアを築いてきたと自負している。写真という小さな世界の住人でしかないが、立場のある人間が社会的責任を果たすという文化の薄い日本において、一石を投じたいという気持ちもあった。
書き上げた企画書を前に友人たちに電話をかけた。
「10万円集まったら始めよう」と決めていたが、10分後にはその倍の20万円が集まった。経費は自分で負担し、集まったお金は全て助成金に回すことにした。
プログラム名は、「PITCH(短いプレゼン)」をして獲得する「GRANT(助成金)」という意味だ。
お金を出してくれたのは、バックグラウンドは様々ではあるが、私の写真家活動を長く知っていて、「作品制作」の価値を見いだしてくれている人たちだったので「なぜ作品を援助することに意味があるのか」を皆分かってくれていた。
現代のように大勢の人たちが常にスマートフォンで写真を撮る社会において、「作家が責任を負う作品」はより存在意義を増していると思う。もちろん誰がどこで何を撮るかは自由だし、結果的にそこから作品になるものもあるだろう。
しかし、作品を生み出すのは簡単なことではない。情熱を傾け、労力もお金もかけ、時には様々なリスクを負う。自分の名前で自分が生み出す作品から、作家自身が逃げることはできない。作家がこの世界とどう関わろうとしているのか、どう表現しようとしているのか。作家は(時として複雑な形ではあるが)作品を愛するし、責任が伴うからこそ私たちはそれらを信頼して、知りえなかった世界を見ることができる。責任という意味では、新聞や雑誌の写真も同じだろう。
スマホに日々流れる無数の写真にさらされ、写真が飽和状態となり、写真の一枚一枚の価値は失われているようにも思えるが、それと反比例するように作品としての写真の持つ「重さ」は増している、と私は考えている。
PITCH GRANTには、他にも目的があった。社会的弱者になりやすい若手作家が安全に応援される機会の創出、審査員の男女比の是正、地方の作家へのサポートなどだ。
写真賞が減る日本 審査員の男女比も問題
日本では、写真賞そのものが減っていると聞いた。また私の知る限り、日本の大きな写真賞は「公募」が少ない。ノミネート形式を否定するつもりはないが、ノミネーターとのつながりを必要とする点で、立場の弱い若い作家が、パワハラやモラハラを受けてきた可能性は否定できない。そうした話は、プログラムに関わった人たちからも漏れ出てきた。私自身も駆け出しの頃、若者を「ボランティア」という名目で無償の労働力としていた人たちを、気づいたら手伝っていたということがあった。
さらに、日本に存在する「写真賞」の審査員の男女比を調べて驚いた。名の知られたあの賞もこの賞も、ほとんどが男性審査員だった。女性が入っていても申し訳程度に1人入っているだけだ。朝日新聞などが主催する木村伊兵衛写真賞は、21年からようやく審査員の男女比が1:1になった。女性が受賞者になれば良いというわけではなく、意思決定の場に特定の属性のみがいるのが問題だと感じる。女性審査員が男性より多い賞は、私の知る限り存在しない。
PITCH GRANTでは、1次審査員の男女比は2:3とした。審査方式は、1次でその道のプロが作品と企画書を審査し、最終審査では、集まった聴衆が1人1票を入れて、最も多く得票した2人が助成金を獲得する形にした。
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- 【視点】
PITCH GRANTという取り組みの挑戦と試行錯誤を通して、写真界はもちろん、文化芸術界や日本社会にも通じる様々な課題が浮かび上がってくる内容だと思いました。 『日本に存在する「写真賞」の審査員の男女比を調べて驚いた。名の知られたあ
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