感情を排そう 中国と40年渡りあった前大使が語る「戦略的思考」
「中国が最も警戒する外交官」と言われ、昨年12月に退任した垂秀夫・前駐中国大使は、習近平(シーチンピン)時代の中国の特徴が「強さの追求」にあると説き、その背景に政権が抱く「危機感」を見て取った。変わっていく中国と、日本はどう向き合っていくべきか。自身の中国理解の原点は――。さらに聞いた。
約2時間に及んだインタビューを2回に分けて報告します。前編では中台関係や米中関係、中国の対外戦略などについて伺いました。
――欧米的な基準や価値観に挑む姿勢は、邦人拘束など日本に対する強硬な動きにもつながっているように思います。どう対処すればいいでしょう。
「受け入れられないことは受け入れられないと主張して闘うことです。海外での邦人保護は在外公館、外務省の仕事の一丁目一番地。事件が起きてしまったら、必ず取り返すんだという熱い思いでやらねばならない。(昨年3月以来)アステラス製薬社員の拘束が続いていることは、極めて忸怩(じくじ)たる思いだ。決して事件への関心を薄れさせてはならない」
「忘れてならないという点では、東日本大震災の後、中国がとり続けている仕打ちも同じだ。福島原発の処理水放出で中国は日本の水産品を全面的に禁輸したが、問題はそれだけではない。中国は東日本大震災後、新潟の米を除く47都道府県の野菜や果物などの輸入に厳しい条件をつけ実質的に禁じたままだ。13年も経ってこんなひどい仕打ちをしている国は中国だけ。どうしたら解除できるかという解決策も示さない。なぜ日本メディアがもっと取り上げないのか私は理解できない。被災地の人々、全国の人々のために大きな声で言い続けなければならない」
お題目、何度唱えても
――06年には、第1次安倍政権の中国戦略のキーワードとして「戦略的互恵関係」を発案されました。昨秋、その概念を再び提起し、11月の日中首脳会談につなげたと言われています。
「(中国外交部門トップの)王毅(ワンイー)氏から『もう一度、戦略的互恵関係をやろう』というサインが昨春から送られていた。8月に一時帰国した際、『日中関係を再構築するなら戦略的互恵関係に立ち戻る必要がある』と総理にお伝えした。中国はまず関係の大枠を決め、環境を整えることを重んじるからです」
「官邸や本省も理解してくれ、10月の日中平和友好条約45周年のレセプションのスピーチで私は『戦略的互恵関係』に触れた。スピーチが終わると、来賓の王氏が立ち上がって『いいあいさつだった』と握手を求めてきた。王氏は会場を去る時も、もう一度私に歩み寄って『戦略的互恵関係をやろう』と伝えてきた」
――日中で戦略的互恵関係は本当に実現できるでしょうか。
「戦略的互恵関係と言っても…
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- 【視点】
SNSでの言論動向が政治・外交に影響を与える現在、感情が外交に与える影響はさらに大きくなってしまった。感情的かつ扇動的な情報のバブルの中で形成される世論は、排他主義的で差別的なものになりやすい。 そうした中で感情を排した外交を展開する
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