コロナ禍の「正義」に抗う 人類学者が抱いた恐怖、怒り、そして願い

連載「コロナ禍と出会い直す 磯野真穂の人類学ノート」(第32回・最終回)

 連載の締めくくりとして私がコロナ禍のフィールドワークを実施することにした背景と理由を記して筆を置きたい。

【Re:Ronカフェ参加申し込み受け付け中】

Re:Ron連載書籍化『コロナ禍と出会い直す 不要不急の人類学ノート』(柏書房)刊行記念 信じられる言葉はありますか?人類学者×哲学者の対話

 2020年春、「緊急事態宣言を出さない政府」を批判する人々の声が高まった。私はこの状況に心底驚いた。いや、もっと素直に吐露すると怖かった。緊急事態宣言は、国民の自由を政府が制限する宣言である。そんなことはさせまいと抵抗するのが、それが許されているのが民主主義国家だと信じていた。しかしこの国では、国民が自分たちの自由を制限するようにと声を上げた。しかもその中には、当時の安倍政権に大変に批判的な人たちも多く含まれていた。絶対的な信を寄せる政府に対してそうするならまだわかる。しかし忌み嫌う政権が自分たちの自由を制限しないことを批判するとは、一体どういうことなのか。

 怖さを感じる状況は続いた。

 2020年3月まで勤めていた大学の任期が切れたため、4月下旬から私はハローワークに通っていた。開所前から並ぶ失業者たち。職員が距離を空けるよう指示して回るため、列は奇妙に長くなり、角を曲がっても続いていた。

「自粛を」「エールを」…その視線の先にいなかった人

 5月に入ると待合室の椅子の数が感染予防のため減らされた。結果何が起こるのか。30分とか、40分とかの待ち時間を立って過ごす人が増えただけである。待っている人の中にはどう見てもスマホを持っていない人もいた。ハローワークの場所が印刷された地図を手に、道に迷っている人にも遭遇した。

 医療崩壊を防ぐために自粛を…

この記事は有料記事です。残り3789文字有料会員になると続きをお読みいただけます。

※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません

  • commentatorHeader
    中川文如
    (朝日新聞スポーツ部次長)
    2024年1月26日17時0分 投稿
    【視点】

    「虚栄に満ちた正義のむなしさ」として磯野真穂さんが例に挙げる、某大学キャンパスのエピソード。私の身近でも、同じようなことはありました。その組織が守ろうとしたものは、何だったのか。その組織に属する人たちの思いではなく、その組織の単なる体面だっ

    …続きを読む
  • commentatorHeader
    水野梓
    (withnews編集長=生きづらさ)
    2024年1月26日21時28分 投稿
    【視点】

    <次なる「コロナ禍」はまたやってくるだろう>という磯野さんの言葉に、コロナ禍を振り返る視点を持って、まずは身近な人とできるだけ素直な気持ちで語り合いたいと思いました。 コロナ下のさなかの2020年に、コロナとの向き合い方を考えたいと磯

    …続きを読む
Re:Ron

Re:Ron

対話を通じて「論」を深め合う。論考やインタビューなど様々な言葉を通して世界を広げる。そんな場をRe:Ronはめざします。[もっと見る]

連載コロナ禍と出会い直す 磯野真穂の人類学ノート

この連載の一覧を見る