「責任を取る」とは何か 高齢者に伴走、「いろ葉」が貫くケアの信念

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連載「コロナ禍と出会い直す 磯野真穂の人類学ノート」(第31回)

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鹿児島県で複数の介護施設を運営する「いろ葉」。施設で発生したクラスターにも、いろ葉のやり方で対応した。そもそも、代表・中迎聡子はどのような信念を持った人物なのか。

 暮らしを感染対策で塗り潰さない介護を頑強に続けたいろ葉であるが、なぜかれらはそのようなケアを続けることができたのか。それを知るためいろ葉の原点にさかのぼろう。ここからは中迎へのインタビューに加え、彼女の2冊の著書『介護戦隊 いろ葉レンジャー参上-若者が始めた愛と闘いの宅老所』(雲母書房)、『最強のケアチームをつくる―いろ葉の介護は365日が宝探し』(円窓社)を参照する。

 1999年、ちょっとした好奇心で応募をした新設老人ホームの職員に合格した中迎は、研修で入った初めての介護施設に絶句する。

すり替わっていた仕事の目的

 朝、お年寄りたちは放送で一律に起こされ、食事、おむつ交換、入浴とモノのように処理されていた。のみ込みを確認したら次のひとさじが口から流し込まれ、食事を楽しむ暇などもちろんない。廊下では、タオルをかけた裸の老人たちが列を作ってお風呂の順番待ちをしている。鍵のかけられた部屋もあり、中ではお年寄りがぐるぐると歩き回っていた。

 他方、何十人もの食事・入浴・排泄(はいせつ)介助を流れるようにこなしていくスタッフたちは、スケジュール通りに全ての作業を終わらせることに満足感を覚えているようだった。仕事の目的が介護から「決められた業務を滞りなく終わらせること」にすり替わっていたのである。中迎は研修で受けた打撃を次のように描く。

 2週間の実習の中で、私は光を見つけることができませんでした。自分の思ったことさえ誰にも話せませんでした。衝撃を受けた自分がおかしいのか?それとも他の人が施設というものの中にのみ込まれ、感覚がマヒしてしまっているのか?頭がおかしくなりそうでした。私は私自身が人間であり続けるために介護のプロになってはならないと思ったのです。この気持ちを忘れた時は、感じなくなった時は、この仕事は辞めよう、この仕事をしてはいけない、そう自分に誓いました。

 しかし誓いを立てたはいいものの、それを実践しようとすればするほど、彼女は職場の中で孤立した。泣かずに帰った日はない、毎日が戦いに行く思いだったと、かの日を振り返る。

 他方、中迎を慕うお年寄りたちは「顔色が悪いよ」「休みなさい」と気遣って声をかけてくるようになった。そしてとうとういつも励ましてくれたお年寄りが「さあちゃん、ここを辞めなさい」と彼女にとどめを刺す。そのお年寄りはこう言ったという。

 「さあちゃんは、私たちの代…

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