貴婦人「C5726」輝き再び ハケで仕上げた男性が語る父の思い出

猪瀬明博
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 埼玉県行田市の中心部にある本丸児童公園でさびだらけになっていた蒸気機関車「C5726」(26号機)。貴婦人と称された在りし日の姿によみがえらせようと、市が「貴婦人お色直しプロジェクト」を始めると、北は北海道から南は長崎県まで全国各地から1千万円以上の寄付が集まった。20、21の両日、寄付した人たちが塗り直しの仕上げを手伝った。

 「彼女」。26号機をそう呼ぶ大西洋光さん(68)もその一人。東京都府中市から20日の作業に参加し、黒の塗料を含ませたハケを丁寧に動かした。「彼女と会うのは五十数年ぶりですから、優しく、優しく」

 1956年、三重県鳥羽市に生まれた。その年に東北線から参宮線に移ってきたのが26号機だった。地域の人々だけでなく、お伊勢参りの観光客の足として活躍。大西さんにとっても日々利用する身近な存在だった。

 加えて、カメラを趣味にしていた父雅彦さんが撮影した1枚の写真をきっかけに鉄道が好きになった。大西さんによると、当時、参宮線には7台のC57が走っていた。父の写真には、鳥羽駅で煙をあげて客車を引っ張る26号機が写っていた。

 雅彦さんは、大西さんが小学2年生のころ、35歳の若さで他界。翌年、母子で東京に引っ越した。「父と鉄道、写真談議がしたかった」。時間が経つとともにそんな思いが募った。

 70年、中学3年生の大西さんは帰省した折りにC57の写真を撮ろうと、伊勢市駅に行った。間もなく引退というタイミングだった。ちょうどホームに停車していたのが、雅彦さんも撮った26号機だった。

 それから半世紀以上。昨年、お色直しプロジェクトのニュースが目にとまった。読み進むと、「C5726」という文字。9月から始まったクラウドファンディング(CF)にすぐに応じた。

 さらに、26号機とのなれ初めや思いをつづった手紙も市のプロジェクト担当者に送った。「役に立ててもらいたい」と、雅彦さんと自身が撮った写真も同封した。

 26号機は38年に製造され、71年に引退した。総走行距離は約300万キロ。地球を約75周した計算だ。縁あって72年に行田にやってきた26号機は、2004年に最後の塗り直しをしてから風雨にさらされ続けた。

 大西さんが再会した日、公園には、お色直しをして漆黒の輝きを放つ「彼女」がいた。

 寄付は目標の770万円を大きく上回り、1140万円が集まった。市は残ったお金で運転席周りを整備するほか、汽笛も鳴らせるよう準備している。

 「汽笛ですか……」。往時の記憶がよみがえった大西さん。目を潤ませて空を見上げた。「あの声がまた聞けるんですね」(猪瀬明博)

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