大正期の木造車両「モハ103」 100歳を前に修繕用の寄付募る

辻岡大助
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 霊峰・月山を含む出羽三山の参拝の足となり、50年前に廃線となった地方私鉄の山形交通三山線の車両を修繕する計画が、地元の山形県西川町で立てられている。大正時代末期に製造された木造車両で、現存する同時代のものは全国的にも数少ない。2026年に製造から1世紀となるが、豪雪にさらされてきた車両は老朽化のため崩壊の恐れもあるという。

 この車両は木造単車の「モハ103」。1926(大正15)年、寒河江市の左沢線羽前高松駅と西川町の海味(かいしゅう)駅の8・8キロを結ぶ三山電気鉄道の開業に合わせて製造された客車で、同鉄道で現存する唯一の車両だ。

 車両は長さ約8・9メートル、幅約2・6メートル、高さ約3・8メートル、重さ約13トン、乗車定員50人。「三山電車」の愛称で親しまれ、羽黒山、月山、湯殿山の出羽三山への参拝者や地域の通勤・通学者らに利用された。

 開業の2年後に西川町の間沢駅まで延伸され、全長11・4キロに。43年、鉄道の統合で路線名が山形交通三山線に変わり、モハ103は戦後の50年代後半以降、架線工事の作業などに使われるようになった。

 三山線の乗客数は60年代半ばにピークの185万人に達したが、沿線の人口減少やマイカーの普及などの影響で赤字経営に陥り、74年に全線廃止となった。モハ103は町内の月山の酒蔵資料館で屋外展示され、保存されてきた。

 町内の有志約20人で結成された三山電車保存会によると、町内の小学生が地域学習としてモハ103をスケッチしたり、車内の座席に腰掛けて運行当時の車窓からの風景を思い描いたりしていたという。

 だが、町は県内有数の豪雪地帯。2018年に積雪の重みで車両の屋根が大きく陥没したうえ、左側面が押しつぶされたようにゆがみ、公開を取りやめた。さらに、ペンキが塗られた外装ははがれ落ち、鉄製の部品に腐食が目立つ。

 修繕するにも、人口約4500人の小さな町では多額の支援のあてがない。そこで、保存会は1月15日から2月29日午後11時まで、車両の修繕などの費用にあてる支援金をクラウドファンディングで募ることにした。

 目標額は850万円。達成できれば、4月に修繕を始め、11月に作業を完了する予定。支援者には三山線の実物硬券セットなどの返礼品や修繕作業見学会への招待といった特別体験の場を用意している。支援金が目標額に届かない場合は全額返金し、修繕のめどは立たなくなるという。

 修繕にあてる700万円で実施できるのは、外観の修繕にとどまる見通し。車内見学ができるようにするため、劣化が進む内装の修繕にも取りかかりたい意向で、将来的には町内の観光拠点に車両を移した上で公開する方向だという。

 高校時代に三山線で通学し、大正時代にタイムスリップしたような車内に魅力を感じている古沢勝広・保存会長(73)は「残された時間はわずかしかなく、これが修繕の最後のチャンス。この貴重な歴史遺産を未来につなぐため、支援をお願いしたい」。車両が「100歳」を迎える26年に、完全に修繕された姿を全国の鉄道ファンらに披露することを願っている。(辻岡大助)

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