性加害防ぐためにできること 刑務所の再犯防止指導、日本版DBSは

子どもへの性暴力

島崎周 狩野浩平 塩入彩
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 「みんなの話を聞いていて、1人ではできないこともあると思った」

 ある受刑者がそう言い、これまでのことを語り始めた。仕事へのプライド、「強く生きなければ」というプレッシャー、そしてストレス発散で酒を飲んでトラブルを起こしたこと。

 聞いていた別の受刑者は「酒を無理にやめるより、楽しい時に飲むものに変えたらいいのではないか」と言った。

 佐賀少年刑務所で行われている性犯罪で服役する受刑者に対する再犯防止のための取り組み「性犯罪再犯防止指導(R3)」のある1日を、記者は取材した。

 R3は、04年に奈良県で起きた女児誘拐殺害事件で、性犯罪者の再犯防止に向けた取り組みの充実を求める声が高まったことを受け、06年から各地の刑務所で始まった。

 性犯罪につながる認知の偏りなどの問題性を認識させて改善を図り、再犯をしないための具体的な方法を習得させる目的がある。21年度の受講開始には433人が参加した。

 拘置所や刑務所などが性犯罪の再犯リスクが高い受刑者を特定し、リスクの程度などに応じて、「高密度」(9カ月)、「中密度」(7カ月)、「低密度」(4カ月)の三つのプログラムに振り分ける。

 グループワークによる指導で加害の要因を考え、再発を防ぐための計画をたてる。認知や感情が行動に与える影響なども学ぶ。19年度に公表された効果検証の結果によると、プログラムを受講した人たちの方が、受講していない人たちよりも再犯率が10・7ポイント低かった。

 佐賀少年刑務所では中密度と低密度のプログラムを実施している。中密度は週に2回のペースで1回100分。記者が取材した日は、全53回のうちの48回目で、8~34歳の女性に対する強制わいせつや児童買春などの罪で服役中の20~40代の受刑者7人が参加した。

 この日のテーマは、出所後にどのように過ごすか。酒によるトラブルを語った受刑者は「この教育を受けるようになって、自分のだめなところがわかった。自分の弱さを見せて、人に話せばいいのだと。弱くて、情けない自分でもいいかなと思えるようになった」

「性加害者は『否認の病気』」

 R3で利用されている認知行動療法は、問題行動の背景にある自らの「認知のゆがみ」に気づかせ、問題を改善させる方法だ。施設の職員や臨床心理士などの「処遇カウンセラー」が指導する。

 R3に携わる、佐賀県公認心理師協会の徳永剛志会長は、性暴力の加害者の治療について、「自身がやったことをどこまで認めることができ、なぜその行動に至ったかを説明できることが必要」だと話す。

 性加害者は「否認の病気」とも言えるという。自身の行為について「そんなつもりはなかった」「そこまではやっていない」などと否認するケースが多いという。

 倫理的、道徳的に何が間違っているのかを教えるよりも、まずは加害者の考えや思いをしっかり聞くことが重要だとする。率直な気持ちを話せるような安心感のある環境が大切で、時間と加害者への支えが必要と訴える。

 佐賀少年刑務所でR3にアドバイザーとして携わる臨床心理士の中島美鈴さんは、加害者に対して「性的なもの以外に、本当は何がほしかったのか」を聞くようにしている。「愛されたかった」「もっと何かできる自分になりたかった」といった答えが多い。

 愛情を受けずに育ったり、配偶者から性的な要求を拒まれたりしてきた加害者も多いといい、「本人のストーリーを聞いていくと、関係性をつくることができ、より理解がしやすくなるし、本人も自分のことが理解できるようになる。それが再犯を防ぐことにつながるのではないか」と話す。(島崎周)

出所後の住所届け出求める自治体も

 子どもへの性犯罪の再犯防止策としては、大阪府が12年、出所後5年以内に府内に住む元受刑者に対し、住所の届け出などを義務づける条例を作った。住所を置いてから14日以内に、住所や連絡先、罪名などを府に届けなければならない。違反すると5万円以下の過料が科される。

 一方で、府は元受刑者に対し、社会復帰支援をする。再犯してしまいそうな人にはカウンセリングし、必要があれば加害者治療の専門機関を紹介する。府の担当者は「元受刑者を監視して過料を科すのが目的ではなく、再犯防止と社会復帰のための制度」と強調する。

 府によると、条例の施行から23年3月までに届け出は222件あり、実際に支援を受けた人数は80人だった。担当者は「必要な人すべてに支援が届いているか、課題もある」と話した。

 大阪の取り組みは踏み込んだ対策として注目され、同様の趣旨の条例が20年に福岡県、23年に茨城県でも施行されている。(狩野浩平)

日本版DBSの創設は

 教員や保育士をめぐっては、すでに性加害を行った人の情報を共有するデータベース化は進んでいる。

 「教員による性暴力防止法」の施行を受け、文部科学省は23年4月、わいせつ行為による懲戒免職などで教員免許が失効した元教員の情報をデータベース(DB)化し、全国の教育委員会や学校法人に共有した。

 文科省によると、過去40年までさかのぼり、22年度までに約2300人をリスト化した。教育委員会や学校法人は、教員を採用する際にDBで履歴の有無を確認しなければならない。

 また、保育士については、22年6月に成立した改正児童福祉法で、児童への性暴力で登録を取り消された保育士に関するDBの整備が盛り込まれ、今年4月から運用が開始される。教員同様、過去40年分(当面は、保育士登録制度が始まった03年度以降)の情報が登録され、自治体や保育施設が保育士を採用する際に、DBを検索することが義務づけられる。

 ただ、これらはそれぞれ、学校や保育施設以外の民間事業者では利用できない。そのため、民間学童や学習塾、スポーツクラブなどの子どもに接する施設でも、子どもへの性暴力を防ぐため、仕事に就く人に性犯罪歴がないことを確認する制度として、政府は「日本版DBS(Disclosure and Barring Service)」の創設を検討している。

 参考としているのは、英国の「DBS」制度だ。英国では、子どもに関わる仕事の雇用主が求職者の情報をDBSに照会し、DBSから開示を受けた求職者は、性犯罪歴がないことの証明書を雇用先に提出しなければならない。

 こども家庭庁では、23年6月に刑事法や民法、児童心理の専門家、保護者らによる有識者会議を設置。9月に、事業者が従業員の性犯罪歴をデータベースを使って確認し、子どもと接する職場への就労を事実上制限する措置を求める――とする報告書をまとめた。

 学校や認定こども園、保育所、児童養護施設、障害児入所施設などについては、性犯罪歴の確認の義務化を求めた一方、認可外保育所や放課後児童クラブ(学童保育)、学習塾、スイミングクラブなどは、政府が「認定」した施設を対象とすることが適当だとした。また、対象となる犯歴は「裁判所による事実認定を経た前科」とし、不起訴処分や行政による懲戒処分などについては、確認の対象に含めるのは難しいとの見方を示した。

 政府は、23年秋の臨時国会への法案提出を予定していたが、与党内から「義務化の対象を広げないと実効性が伴わない」など見直しを求める声が相次ぎ、提出は見送った。岸田文雄首相は同年10月の衆院予算委員会で「より実効的な制度となるよう作業を急がせる」と述べた。

 性暴力被害者や支援者からなる一般社団法人「Spring」の理事を務める寺町東子弁護士は、「再犯のトリガー(引き金)となる子どもに加害者を近づけさせない仕組みは、子どもたちを守るためにも、加害者が再犯をせず社会内で生きるためにも重要だ」と、日本のDBS制度の創設に期待を寄せる。

 ただ、報告書で示された案では、学習塾などの民間事業者は政府が「認定」した施設しか対象にならず、「いまの案では、その事業者が適格か認定する作業に行政コストがかかりすぎてしまう。その結果、制度の対象範囲が広がらない懸念がある」と指摘。「作る以上は実効性のあるものを作ってほしい」と話す。

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