第1回炎迫る中「後から助けに」 元消防士が神戸で向き合った同時多発火災
日本では、いつどこで大地震が起きるかわからない。能登半島地震の被害全容は今も明らかになっていない。首都直下地震は今後30年以内に70%の確率で起こるとされる。どうすれば被害を減らせるのか。都市部が襲われ、6434人が犠牲となった1995年の阪神・淡路大震災の遺族や消防士、専門家のメッセージを伝える。
1人の消防士が、倒壊家屋のがれきの中に上半身を突っ込んでいる。下敷きになり、出られなくなっている女性を救出しようとしている。なんとか助けようとするが、背後から火災が刻一刻と近づく――。
消防士の姿を描いた、この絵について、神戸市の元消防士、糺(ただす)常寛さん(74)は「阪神・淡路大震災の日の自分を、写真で撮ったかのようだ」と話す。震災時の体験を聞きとった友人が描いた作品だが、糺さんの心労を心配し、10年近く渡せずにいた。
糺さんは1995年1月17日の阪神大震災の直後、所属していた垂水消防署(神戸市垂水区)から、東に約10キロの同市長田区に消火活動に行くよう指示され、部下4人と1台のポンプ車に乗り込んだ。
「同時多発火災」に向き合う日々が始まった。
記事には、阪神・淡路大震災の遺族や消防士らの証言を元に、被災状況を再現した詳細な描写が含まれます。
「うちに来て!」 立ちふさがる被災者、でも
道中、多数の民家が倒壊して…
- 【視点】
こんな句も。 倒(とう)・裂(れつ)・破(は)・崩(ほう)・礫(れき)の街寒雀(かんすずめ) 友岡子郷 作者は2022年にお亡くなりになったが、この句を読むたびに、1995年1月17日の阪神・淡路大震災に引き戻されるのを感じる
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