そして彼はがん標準治療否定本と距離を置いた 名古屋の図書館の奮闘

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名古屋市守山図書館館長補佐・脇田妙子=寄稿

名古屋市守山図書館館長補佐・脇田妙子さん寄稿

 図書館に求められているサービスは何か。実際に働いてみるまでは、本の提供やそれに付随することだと思っていた。しかし、中に飛び込んでみると、他者との交流を願っている様々な人とかかわる仕事だとわかった。

 私は図書館に勤めて15年ほどになるが、公務員ではない。図書館の仕事の一部分を任されている民間会社の契約社員だ。現在の私は名古屋市の分館で館長補佐をしており、スタッフの勤務管理、イベントの企画から運営、自治体との折衝やカウンターでの貸し出し対応までありとあらゆる業務に携わっている。

 もちろん、図書館により契約の部分は異なっており、これまで転勤するたび、様々なサービスを担当してきた。会社は私たち社員の教育に力を入れており、図書館のニーズに合ったサービスに順応できるよう、たくさんの研修が行われている。

未来の図書館、相談窓口はなくなる?

 そんな研修の一コマに「未来の図書館に相談窓口はなくなる」というものがあった。ITの発展によりおのおのが自ら調べ物ができるようになり、職員に調査を頼むことは減り、諸外国ではその流れが来ているらしいと。

 しかし現場で働いている感覚ではそうではない。むしろ、私がこの仕事を始めてから、窓口を訪ねる人は右肩上がりだ。なぜなら調べ物で相談窓口に来ているのではなく、話し相手として訪れる人が少なくないからだ。コロナの時期も減ることはなかった。

 話し相手にふさわしいのは区役所や警察ではないか、と思われる話もある。それでも、図書館の窓口で、いつも顔を見る人に話したいことがある、ということかもしれない。ならば、お聞きして気持ちよくお帰りいただこうというのが現状だ。役所などで真剣に相談したいわけではないことは私たちもわかっている。図書館は老若男女、どんな人にも開かれている。滞在している理由を誰にも問われない自由な場所なのだ。

 そんな経験をしてきた私が2年前、名古屋市志段味図書館へ転勤することとなった。この図書館は指定管理という方式で運営されており、藤坂康司館長以下、すべての図書館スタッフが民間の職員である。館長は書店や出版社での勤務を経て図書館へ転職したという本のスペシャリストで、地域とのかかわりを積極的に持とうと考えている人だった。

 なぜ館長がこのような考えに至ったのか。私が思うところと現在の図書館をめぐる状況について説明したい。

 日本図書館協会の統計によると、図書館の利用は市民の5人に1人とのデータがある。名古屋市であれば232万人のうち46万人しか利用していないことになる。

 今、世の中には本を読むこと以外にも刺激のあることが多く、若い世代の読書離れも叫ばれている。その若者が将来にわたって図書館に足を向けることなくこの状況が継続し、市の財政が逼迫(ひっぱく)したら、入館者数や貸出冊数でその施設の有用度を測る傾向がある自治体は、真っ先に図書館をなくしてしまう可能性がある。

 では、その図書館を残し活用していくために私たちはどのような図書館運営をしたらよいのか。その答えが「地域とのかかわり」だと考えているのだ。

図書館が企画の「がん教室」

 志段味図書館の地域とのかかわりの中心となっているのが「みんなのがん教室」だ。

 数年前から小中高等学校においてがん教育が行われることになったが、もう大人になってしまった人はどのように情報を得られるのか。図書館を利用する人は市民の5人に1人だが、国立がん研究センターによると、がんになる人は2人に1人。ならばその役割を、地域の人と一緒にがん教室を開催することで図書館が担おうということになった。

 そこで、図書館の利用者でもあり、かつてがんを経験して子どもたちへのがん教育に携わっている彦田かな子さんと図書館がタッグを組み、月に1回、教室を開いている。

 講師はがん経験者やソーシャルワーカー、カウンセラーや小学校の養護教諭など多岐にわたっている。2年目には、1年目に毎月参加してくれた小学生が自分の学んだことを発表するなど、教室のあり方は広がりを見せている。教室は30分の講義後、講師も含めたフリートークを60分行っている。この時間がとても重要で、そこで出た話や経験が参加者の学びや図書館の気づきにつながり、他のイベントに波及もしている。

 ある出来事を紹介したい。

 教室の参加者は毎回30人ぐらいなのだが、初めて参加した70代ぐらいの男性がフリートーク中に、皆に紹介したい本がある、と話し始めた。

 がんで妻と娘を亡くした。看…

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    水野梓
    (withnews編集長=生きづらさ)
    2023年12月7日14時16分 投稿
    【視点】

    <標準治療を外れる本と見分けがつくように印をつけようと決めた>というのは、図書館としては難しい判断だったかもしれません。 しかし、医療の専門家ではない多くの読者にとって、本に載っている医療情報が誤っていないかどうか、確かめるのは困難だと思

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対話を通じて「論」を深め合う。論考やインタビューなど様々な言葉を通して世界を広げる。そんな場をRe:Ronはめざします。[もっと見る]