「火の神様が愚痴を聞いてくれる」 アイヌ民族は伝統儀式に何を思う
「イチャルパ」という言葉を知っていますか。
先祖供養にあたるアイヌ民族の伝統儀礼で、アイヌ語で「供物をまき散らす」という意味だ。先祖だけでなく、何らかの理由で供養をする縁者がいなくなった人々を慰霊するため、北海道内各地のアイヌ協会などが行っている。
北海道南部の函館市とその近郊に住むアイヌ民族でつくる函館アイヌ協会は10月、市立函館博物館でイチャルパを開いた。3日間にわたる準備から儀式まで、指導をするのはアイヌ民族文化財団(札幌市)から派遣されたアドバイザー。なぜなのだろう。
アイヌ民族が思うように自らの文化を継承できてこなかったことには訳があります。記事後半で、北海道大学アイヌ・先住民研究センターの北原モコットゥナ●(シの小書き)教授に話を聞きました。
10月12日午後、函館市内を流れる松倉川。協会の副会長の荒城元康さん(66)や博物館の学芸員らが集まった。これから河原で、祭具や祭壇の材料になるカワヤナギを集める。
まず、堤防歩道の片隅でアドバイザーの平田篤史さん(61)がアイヌ語で神に祈りを捧げる。実際の伐採許可は管理者の北海道に得たが、アイヌ民族は土地の神々に許してもらうのが先決だ。
みなで河原の茂みに分け入っていく。「なるべくまっすぐで、節がないほうがいい」。平田さんの指示どおりにノコギリで切っていく。1時間で30本ほどが集まった。博物館の集会室に運び込み、小刀で樹皮を削るなどの加工を施す。「イチャルパは8回目だから、まあ慣れたよ」。荒城さんが笑う。
13日は午前から「イナウ」と呼ばれる祭具の製作が始まった。木の表面をリボン状に薄く削り、房状にしていく。
作業は和気あいあいとした雰囲気のなか進んだ。
平田さんが参加者に話しかける。「イナウは言葉を運ぶので、作っている時には他人の悪口を言ってはいけないって、萱野さんに教えられたよ」
萱野さんとはアイヌ文化伝承者で参院議員を務めた故・萱野茂さんのことだ。神奈川県出身の平田さんはアイヌ民族ではない。中学時代にアイヌ文化に興味を持ち、20代から北海道に通い、萱野さんや各地の古老に儀礼などを教わった。
平田さんは「アイヌだけで集まれないから伝統儀式をやめます、ということでよいのか。私のような和人(アイヌ民族以外の本州などに住んできた人々)も含めて集まって継承していくあり方があってもよいと思う」と語る。
途中からは七飯(ななえ)町の大平蒼喜さん(13)=中学2年=と弟の康喜さん(9)=小学3年=も手伝った。母親の康子さん(45)は10年ほど前に札幌から移り住んだ。「アイヌは自分のルーツ。せっかく受け継いでいるのだから子どもにも伝統文化に触れさせたいと思いました」
函館アイヌ協会は歴史が浅く、2010年に初代会長と荒城さんが2人で立ち上げた。現在、会員はわずか9人だ。
函館博物館には工事で出土し…
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