起業家精神、実行できる力を養う 朝日教育会議

■名城大×朝日新聞

 自ら課題を発見し、新たな価値を生み出す力を養うアントレプレナーシップ(起業家精神)教育が注目されています。創造型実学を将来ビジョンに掲げる名城大学と朝日新聞社は、教育フォーラム「朝日教育会議2023」を共催。「実行・実現できる人材とは」をテーマに起業家や経営者らが話し合いました。

【9月9日に開催。インターネットでライブ配信もされました】

■基調講演 100回考えるより1回行動、やった方が得 OWNDAYS社長・田中修治さん

 OWNDAYS(オンデーズ)という眼鏡のブランドを展開しています。実は創業者ではなく、15年前、負債14億円という倒産寸前の会社を買収して再生にのぞみました。いま、13カ国・地域に店舗を出しています。

 シンプルな価格で、クイックにつくり、価格以上のバリューを提供するという三つのコンセプトを業界に持ち込みました。そのなかで大切にしているのが、「公明正大」という行動指針です。

 企業の不祥事が時々、問題になります。人間がやっている以上、事故や問題が起きるのは仕方ないですが、「公になったときに正しいことを大きな声で言えるように」と社員教育で伝えています。「経費がもったいない」「面倒くさい」というときに、公明正大であるかどうか、常に自問自答しています。

 会社経営で気にしているのは、いかにブラックボックスをなくし、透明にするかということです。管理職の登用は、希望者に立候補してもらい、全社員の投票で決めます。給料は全員公開で、社長の経費もスケジュールも公開する。分からないことを取り除き、気持ちよく働こうというやり方でやってきました。

 夢や目標が見つからないという人がいます。見つけるきっかけは「できるようになりたいこと」の延長だと思います。例えば、料理がうまくなりたいと続けるうちに、レストランをやりたい、ミシュランで星を取りたい、という夢になっていくのではないでしょうか。

 「百考は一行にしかず」。僕はそんな言葉を使います。百聞は一見にしかずと言いますが、100回見るよりも1回考えた方がよく、100回考えるより1回行動した方がいい。1回行動に移したら1万回聞くよりも得られるものがある、という言葉遊びです。

 行動しない人たちは、自意識過剰なのではないか、という気がします。「失敗したらどうしよう」「笑われるんじゃないか」と意識するのでしょうが、周囲は見ていませんよ。好き勝手やった方が得なんです。

 子どものときから、人に迷惑をかけてはいけないと教育されていますが、規格外の人が世の中を変えることが少なくありません。グローバルに挑戦していくなかで、とがった人を許容できる社会になっていってほしいと思います。

    *

 たなか・しゅうじ 1977年、埼玉県生まれ。10代から起業家として活動。2008年、多額の債務を抱えた眼鏡製造販売チェーン「OWNDAYS」を買収し、再建した。8月末時点で国内に245店舗、海外に286店舗を展開。著書に「破天荒フェニックス オンデーズ再生物語」など。

■プレゼンテーション 多くの企業と協業できる強み、生かす 名城大学社会連携センター長・田中武憲さん

 東海地区はベンチャー不毛の地とも言われ、起業家があまり生まれないのが長年の課題でした。自動車や機械、鉄鋼など製造業が盛んな半面、系列といわれる取引慣行が続くなど、起業しにくいような風土もありました。

 現在、名城大学を含めた地区の21大学が連携して「Tongali」というプラットフォームをつくっています。文部科学省の助成を得て、起業家精神を持つ若者の育成をめざしています。

 名城大学では、起業家に講師を依頼し、学生がアイデアの創造や事業化のノウハウを学ぶといったプログラムに取り組んでいます。社会連携センターを中心に活動資金や場所の提供、ネットワークを使ったマッチングも始めています。今年は初めて高校生が参加するプログラムも実現しました。

 2026年の開学100周年に向けて、産官学連携でコミュニティー創出支援事業にも取り組んでいます。新しいモビリティーサービスや街づくりなどのプロジェクトが走っています。トヨタをはじめ多くの企業が東海地区にはあり、そうした企業と協業できる強みをいかしていきたいと考えています。

    *

 たなか・たけのり 1971年、奈良県生まれ。同志社大学経済学部卒。1999年に名城大学商学部専任講師となり、2009年に経営学部教授。専門は国際経営論、自動車産業論。各地の自動車産業振興策に参画。23年から社会連携センター長。

■パネルディスカッション

 パネルディスカッションには、IT企業「コラボスタイル」社長の松本洋介さん、パソナグループ「パソナJOB HUB」チーム長の山口春菜さんを加えた4人が登壇し、アントレプレナーシップ教育について議論しました。(進行は伊藤裕香子・朝日新聞編集委員)

    ◇

 山口 パソナグループの会社で新規事業の立ち上げを担当しています。「旅するようにはたらく」というビジョンを掲げ、都市と地方の働き手をつなぐ事業などに取り組んでいます。名城大の学生時代は東日本大震災の被災地にボランティアバスを出す活動をし、宮城県気仙沼市の大島観光特使も務めています。

 松本 名城大を卒業後、バーテンダーをへてIT業界に入り、企業を立ち上げました。「ワークスタイルの未来を切り拓く」を理念に、ITサービスで業務を効率化する事業を展開しています。20年に東京から名古屋にオフィスを移し、スペースの半分を貸し出して、とんがった人が集まる場づくりもしています。

 ――田中社長に聞きたいことは何かありますか。

 松本 オンデーズで管理職を投票で決める総選挙ですが、人気のある人が票を取ることにならないでしょうか。

 田中修 よく言われますが、何がいけないんですか。人気がある人=仕事ができない人となるのが分からない。それにダメだったら翌年は落ちます。変な上司を選ぶと迷惑するのは自分たちです。あとは社員をどれだけ信用するかです。

 松本 従業員への考え方は共感します。僕も失敗を認める会社にしようと思っています。社長でも失敗はしますし。

 田中修 票の配分も重みづけが違います。管理職と非管理職で50対50にして、社長の1票は新入社員100人分ぐらいです。管理職だけに気に入られても50%しか取れず、現場だけでも50%。最大公約数を取った方が勝つので間違いは起きません。どの役職から何%投票されたかも公表するので、次にどう振る舞えばいいかも考えるようになります。

 ――社員の働きがいにつながる話だと思います。

 山口 震災後に訪れた東北で「あなたが来てくれるだけでうれしい」と言われ、初めて人生の存在意義のようなものを感じました。都市と地域をつなぐ仕事ができたら、人の豊かさや幸せにつながるのではと思い、学生時代は起業も考えました。ただ、就職活動中にある会社から「事業としてやってみないか」という話をいただき、結果的に企業の中で新しい事業をつくる道を歩んでいます。

 ――大学のアントレプレナーシップ教育は、いま、どう生きていますか。

 山口 震災が起きたのは高校生の時で、何かできないかと担任の先生に言ったら、先生が同じ思いの生徒5、6人をつなげてくれました。大学では、熊本地震の支援活動に「エゴでは」と言われたこともあったけど、先生が何ができるか一緒に考えてくださった。人をつなぎ、やることに口出しはせず、困りそうなことは助ける。この三つがいまの糧になっています。

 田中修 僕は3人子どもがいますが、ネットを見れば出てくることを一生懸命暗記する今の教育に何の意味があるのかと思います。アントレプレナーシップも、教わるよりも芽生えてくるものではないでしょうか。いつ芽生えるかというと、体験をするときです。ロケット発射のニュースを見て「すごいね」で終わりにせず、種子島に打ち上げを見に行けば違います。

 一つ問題なのは所得格差です。お金がない家の子どもが体験できないというのは、なんとも言えない気持ちになります。学校は、子どもに色々な体験をさせる場であってほしい。

 松本 僕も体験は公立の小中高で充実させて欲しいと思っています。社会科見学なのかもしれませんが、子どもの興味関心を引き出す体験を小さいうちから当たり前にしてほしい。

 ――これまでの話を踏まえて大学の学生に思うことはありますか。

 田中武 失敗に対する恐怖感が年々強くなっている気がします。企業からも「受け身が取れない学生が多い」「ちょっと失敗したら出社してこなくなる」という話を聞きます。失敗に寛容になるというよりも、行動して失敗した子を褒めることが大切かもしれません。大学生だと自我がしっかりしてくるので、小学生ごろから植えつけないと難しいのでしょうか。

 松本 うちの会社は肯定ファーストを大事にしています。人と対峙(たいじ)する時は最初から否定に入らない。相手には相手なりの理由があることに思いをはせることが大事です。

 田中修 僕、若い人の気持ちは分からない、と言っています。でも、分からないというのは健全なんです。それだけ社会が変化しているということですから。社会が次のステップに移って価値観も変化するわけで、それは素晴らしいことじゃないでしょうか。分からなくても、彼らは彼らの世界として生きていく。だから邪魔しないことですよ。

 ――議論を踏まえ、最後に伝えたいキーワードをお願いします。

 松本 「51:49」です。決断する時の考え方です。人生は、こっちがいいけど、こっちもいいなと迷い、リスクも気にして行動できないことが多い。失敗してもチャレンジするという意味で、どちらかというと重みが強い51を選び、70を狙ってスピードを出していこうという姿勢を大事にしています。

 田中修 「百考は一行にしかず」です。余計なことを考える前に行動することを若い人ほど意識してほしいと思います。

 山口 「巻き込まれ力」です。一緒にやらないかと言われたら、とりあえずやってみる。行動を重ねると自分の好きなこと、やりたいことが見つかるのではないでしょうか。

 田中武 「行動!」です。あれこれと考えて動けなくなるよりも、とにかく動いてみる。いろいろな人が助けてくれるはずです。

    *

 まつもと・ようすけ 1973年、愛知県生まれ。名城大学商学部卒。バーテンダーやIT企業をへて2013年、企業向けにソフトウェアの開発や販売をするITベンチャー「コラボスタイル」を設立。一般社団法人ソフトウェア協会理事。

    *

 やまぐち・はるな 1995年、愛知県生まれ。名城大学法学部卒。人材サービス会社をへて、2018年から人材サービス大手パソナグループの「パソナJOB HUB」に勤務。現職はソーシャルイノベーション部ワーケーションチーム長。

■行動するか、自分次第 会議を終えて

 どうすれば「実行・実現できる人」になれるのか。聴講者から事前にいただいた質問には、親や先生、上司として、子どもや部下との向き合い方にヒントを得たい、という切実な思いがあふれていた。

 組織のしくみや仕掛けづくりは、働く人が奮起する契機にもなる。オンデーズの管理職の投票制度は、パネルディスカッションでも盛り上がった。けれど、登壇のみなさんが「アントレプレナーシップとは、教わって身につくものでもない」と共通認識を持っておられたように、難しくても現実に行動を起こすかどうかは、やはり自分自身にかかっている。

 「51:49」「百考は一行にしかず」「巻き込まれ力」「行動!」。会議の最後に示された4人のキーワードに改めて思いをはせ、具体的な行動の一歩へとつながれば幸いです。

<名城大学> 

 中部圏最大規模の文理融合型総合大学で、名古屋市内の3キャンパスで10学部9研究科を展開。学生数は約1万5千人。2026年の開学100周年に向けて「中部から世界へ 創造型実学の名城大学」という将来ビジョンを掲げ、新たな価値を創造できる人材育成を目指してアントレプレナーシップ教育にも力を入れている。

■朝日教育会議2023

 先進的な研究や教育に取り組む大学と朝日新聞社がともに、様々な社会の課題について考える連続フォーラムです。各界から専門家を招き、「教育の力で未来を切りひらく」をテーマに、来場者や視聴者と一緒に解決策を模索します。

 概要と申し込みはウェブサイト(https://aef.asahi.com/2023/別ウインドウで開きます)から。すべての回で、インターネットによる動画配信をします(来場者募集の有無はフォーラムによって異なります)。

 共催大学は次の通りです。拓殖大学、東京工芸大学、法政大学、名城大学、早稲田大学(50音順)…

有料会員になると会員限定の有料記事もお読みいただけます。

※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません