台風被災の大井川鉄道、一部区間が再開 「ようやく」喜ぶファンら

林国広 田中美保
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 昨年9月の台風15号で被災し、一部不通が続いている大井川鉄道大井川本線(39・5キロ)で1日、家山―抜里―川根温泉笹間渡の区間(いずれも静岡県島田市、2・9キロ)が再開した。すでに再開している金谷―家山とあわせて再開区間は20キロに伸びた。この日を待ちわびた乗客が乗り込み、沿線では住民が手を振って再開を喜んだ。

 午前6時36分、川根温泉笹間渡駅から金谷に向かう始発電車には、乗客数人が乗り込んだ。終点の金谷まで乗った島田市の会社員海野真斗さん(23)は鉄道ファンとして始発電車に乗ることを決めていたという。「今回の再開区間は短いが、大井川にかかる鉄橋など電車でしか見ることができない景色がある。久しぶりに楽しめた」と喜んだ。

 沿線住民も歓迎した。川根温泉笹間渡や抜里の両駅、鉄橋付近では住民が横断幕を掲げ、手製のうちわを振って再開を祝った。

 抜里駅を管理しながら、週末は駅舎で食堂を営む諸田サヨさん(87)は駅で歓迎の旗を振った。「鉄道がないと本当にさびしかった。ようやくここまできた」と笑顔をみせた。

 今回の再開で、島田市と川根本町を通る同本線のうち、島田市側はすべて再開されたことになる。

 一方、川根本町側の川根温泉笹間渡―千頭(19・5キロ)は土砂が崩れるなど大雨被害が大きく、復旧のめどがたたない。復旧費は約19億円と見積もられるが、大鉄は自力での復旧は難しいとして公的資金による支援を求めている。(林国広)

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 大井川鉄道の復旧をめぐっては、県が今年3月、沿線自治体や国などと公共交通のあり方を話し合う検討会を設けた。検討会は年度内に方針をまとめる予定だ。

 鉄道事業に詳しい東京女子大の竹内健蔵教授(交通経済学)は「被災したローカル路線はあちこちで廃線になっている。事業者が税金の投入を求めるのであれば合理的な説明が必要だ」と話す。

 大鉄は旅客収入の9割が定期外で、観光需要に支えられている。蒸気機関車をはじめ乗車体験そのものを価値として打ち出す中小私鉄では少ないといい、竹内教授は「ここまで観光に特化したビジネスモデルはあまりない」という。一方で「生活路線としての役割が小さいだけに、地元住民が日常生活で困ることがない。ただ廃線危機を訴えるだけでは足りない」と指摘する。

 そのうえで、事業者が県など地元自治体に対し、鉄道が沿線にどんな経済効果があるのか、データを示して説得すべきだという。国に対しては大鉄が提供するサービスが文化的価値を持つことを訴えることも有効だという。蒸気機関車の復旧はコストがかかり資金力のある大手でも難しいといい、「複数の車種を保有し運行している鉄道会社は希少だ。他の事業者と差別化し、遺産を継承する意義を主張することも戦略になるだろう」と話した。(田中美保)

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 大井川本線の家山―川根温泉笹間渡間(2・9キロ)の再開を前に、大井川鉄道の鈴木肇社長(61)が9月29日、朝日新聞の取材に応じた。「会社創立以来の最大の被害だった。約1年がたってようやくここまで来たという思い。苦しい経営が続くが、まずは金谷―川根温泉笹間渡間で黒字化し、その上で全線復旧を目指す」と述べた。

 今回の被害について「2003年に1カ所で土砂崩れが発生し、約7カ月間不通になった。今回のように多数が被災し、全線の約半分がこれだけ長期間不通になったことはない。出口が見えず大変な1年だった」と振り返った。

 1日に再開した家山―川根温泉笹間渡間について「大雨被害は少なかったが、技術的な調整に時間がかかった。川根温泉笹間渡に近いホテルはSLが来ないことで影響を受けたが、観光客へのサービスも復活する。大きな一歩だ」と強調した。

 島田市と川根本町を走る同本線(39・5キロ)のうち、島田市側の20キロが開通する一方、残る川根本町側の19・5キロは、復旧にむけた工事が手つかずの状態だ。「線路脇の山や水路が複数崩れている。直さないと傷んだ線路の復旧工事は着手できないが、ほとんどが私有地で我々の管轄外だ」とし、現時点で見通しがつかないことを明かした。

 復旧費の約19億円については公的支援を求めている。鈴木社長は「コロナの影響もあり19年度から4期連続で赤字。体力を失っている我々が、経営の立て直しをはかりながら工事を進めるのは無理だ」とした。その上で「あくまで全線再開が目標だが、まず開通区間での黒字化が最優先となる。そのためには観光客にもっと来てもらえるような企画を考えていく」と話した。(林国広)

大井川鉄道の台風15号被害の経緯■

 2022年9月23日 深夜から24日未明にかけて大雨に見舞われる。土砂崩れなどで大井川本線、井川線で全線不通に

      10月22日 井川線が全線開業

      12月16日 大井川本線の金谷―家山が部分開業

    23年10月1日 大井川本線の家山―川根温泉笹間渡が部分開業

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