「交付金では代えられぬ」 核ごみ調査を拒否、対馬市長が語った理由
「核のごみ」(原発の使用済み核燃料から出る高レベル放射性廃棄物)の最終処分場をめぐり、長崎県対馬市の比田勝(ひたかつ)尚喜市長が国の選定プロセス「文献調査」を受け入れないと表明した。市議会と、その後に市役所で開いた記者会見での主な発言ややりとりは以下の通り。
【市議会での発言要旨】
議会の請願採択を重く受け止めながらも、市民、対馬市の将来に向けて熟慮した結果、文献調査を受け入れないとの判断に至った。
市民の合意形成が不十分だ。受け入れの是非について市民の分断が起こっており、市民の合意形成が十分でない。
2点目が、風評被害への懸念だ。観光業、水産業などへ風評被害が少なからず発生すると考えられる。特に観光業は、韓国人観光客の減少など大きな影響を受ける恐れもある。
3点目に、文献調査だけ実施する考えには至らなかった。調査結果によっては次の段階に進むことも想定され、受け入れた以上、適地でありながら、次の段階に進まないという考えには至らない。
4点目に、市民に理解を求めるまでの計画、条件、情報がそろっていなかった。技術的な面や最終処分の方法、安全性の担保など将来的に検討すべき事項も多く、人的影響などについて安全だと理解を求めるのは非常に難しい。
最後に、想定外の要因による安全性、危険性が排除できなかった。地震などでの放射能の流出も現段階では排除できない。
この見解をもって終止符をうち、市民が一体となって対馬市を支えていくような施策を講じていかなければならないと思っている。
【会見の主なやり取り】
国の動きに「拙速」指摘も
――受け入れないと決めた大きな理由は。
市民の合意形成だ。市民が安心、安全に不安があり合意形成に至っていない。
――誰に相談したのか。
市民がどう考え、市民のためにはどんな方法が最適なのか熟慮に熟慮を重ねた。いろんな方に相談し、資源エネルギー庁、NUMO(原子力発電環境整備機構)にも質問状を出し、いろいろと指導を受けた。
――国などへの質問状のどんな回答が決断のカギになったか。
事故が発生した場合の避難計画などは今後、調査を進める中で整理、検討していくといった回答があった。現段階では具体的な内容まで策定されていない。文献調査を検討する段階でも何らかのそういった対策を示していただければ、市民の理解も深まったのではないかと考えている。
――文献調査を受け入れる時点で合意形成が必要と考えたのか。
国からは文献調査が直接、最終処分場の建設につながるものではないという回答はあったが、市民は文献調査の着手により、かなり不安を抱いている。情報がうまく伝わっていなかったと思うが、文献調査の着手イコール、最終処分場の建設という、間違った考え方をしている市民もいた。
文献調査で適地だと判断されれば、それ以上(の調査)はもう受けられないという判断はできないと思った。ましてや20億円の交付金をいただける。いったん文献調査に入ったら断るのが難しいと判断した。今の段階で受け入れないとする方が国にかける迷惑がむしろ小さくなると考えた。
――風評被害の懸念とは。
対馬でも福島第一原発事故で韓国との水産物が取引禁止になり、韓国からの大勢の観光客が突然少なくなった。対馬の水揚げ高は168億円。10%でも16億円ぐらいの被害が出る。観光業でも消費効果額が180億円を超えている時もあったので、大きな被害が出る恐れがある。
若い漁業者は「魚が売れなくなれば、生活が成り立たない」と危機感を持って話していた。親しく交流している韓国の関係者に私自身、それとなく相談をしたところ、「最終処分場ができた場合、観光客は減るでしょうね」とおおかたの方が話していた。
――交付金は入ってこない。どう振興させるか。
非常に難しい問題だ。ただし風評被害が起きれば、水産関係では1割でも16億円近く、観光産業でも18億円ぐらいの被害が出る。20億円の交付金ではなかなか代えられない。
いま対馬市はSDGs(持続可能な開発目標)の未来都市の選定を受け、漂着している海ごみを題材にした対馬モデルの利用策を民間企業と取り組んでいる。また、通信速度が極端に落ちる対馬市の通信環境を改善し、IT関係を中心に、企業誘致もこれまで以上に取り組んでいきたい。
――最終処分場の問題は、国としてどうすれば前に進むと考えるか。
今回のような拙速なことではなく、市民に広く説明をしながら理解を広める努力があればよかったのでは。一部の建設業、商工会関連者を中心に説明会が開かれ、請願にまで至った。時間もあまり区切らず、広く市民にいきわたるような広報施策があればもう少し変わっていたかなという思いは持っている。
――受け入れを推進する請願を採択した市議会の判断はどれほど影響があったか。議会軽視の批判には、どうこたえるか。
議会の採択を重く受け止めた中での判断だ。今後、議会には丁寧に説明し、理解を求めていきたい。
――市長選で対抗馬が出るかもしれないし、推進派に住民投票をする意見もある。終止符を打てるものではないのでは。
終止符を打ちたいというのは私の希望的なことかもしれないが、これ以上市民の分断を深めたくないという気持ちの表れだ。
――早く決断すれば分断を深めなかったのでは。
請願が来ている議会で論議されている間に私の意見を申し上げるのは議会軽視、あり得ないということで遅れた。
――分断の修復は。
現在、名案は持ち合わせていない。分断をいくらかでも収める施策などがあれば、それに向けて一生懸命に頑張っていきたい。
きょう議会から帰っている際、あちこちから励ましをいただいた。今後、対馬市が財政的に困ればふるさと納税で応援したい、という温かい電話があった。対馬の子どもたちが胸を張って対馬の子どもですと言えるようになります、という励ましのメールもあった。その言葉に感謝している…