関東大震災直後の長屋が残る街 「100軒は残したい」安全と両立へ

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編集委員・佐々木英輔
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現場へ! もっと地震に強く③

 東京・隅田川の東側には、築100年近い長屋が残るエリアがある。関東大震災の後、新潟から来て「越後三人男」と呼ばれた大工集団が手がけたのが始まりといい、戦火も免れた。

 「関東大震災で倒壊した家の廃材も結構使われていると言われています」「ここはシェアハウスに改修する予定です」

 6月、東京都墨田区の京島地区であった街歩きツアー。後藤大輝さん(44)が各所に残る長屋を案内した。床が傾いて荒れた空き家もあれば、民泊やアトリエ、飲食店など様々な形に姿を変えたものもある。

 一帯は、路地が狭く、燃えやすい建物が集まる木造密集市街地でもある。通称「木密(もくみつ)」。地震危険度ランキングの上位の常連にもなってきた。道路の拡幅や建物の不燃化が重点的に進められてきたが、なお途上とされる。

 100年前、京島を含む向島地域は、まだ農地が広がっていた。東京の中心部は復興事業で広い道路が整備されたのに対し、周辺部は無計画に住宅や工場が立ち並んで今に至る。

 一方で、2000年前後からは古い街並みを気に入った芸術家や若者が住まいを構え、アートイベントも開かれるようになった。映像作家だった後藤さんは08年にこの街に移り住んで、長屋を改修して再生する事業を手がけている。

進む建て替え 新築の長屋も

 路地を歩くと、生活の息づか…

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