選挙って? 「夫です。」タスキで奔走の写真家、安藤優子さんと語る

メディア・公共

藤えりか
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 今春の統一地方選では都市部を中心に、女性議員が増えました。写真家・岡原功祐さんの妻(38)もその一人。東京都練馬区議選への立候補決意から当選までをサポートした岡原さんは、その経験を新言論サイト「Re:Ron(リロン)」に寄稿した連載「妻が立候補しました」(5月25、26日配信)でつづりました。

 「夫です。」と書いたタスキをかけ、妻とともに街頭に立った日々から浮かんでくるのは、本人や家族に多大な負担を強いる選挙のありようでした。この状況で、女性をはじめ多様な政治家が増えていけるのか――。女性国会議員がなぜ少ないかという構造を研究してきたジャーナリスト・キャスターの安藤優子さんと岡原さんの対談を前後編に分けて紹介します。(進行・構成 Re:Ron編集部・藤えりか、以下話者の敬称略)

 ――岡原さんがタスキ姿で奮闘した過酷な選挙運動ぶりは、SNSでも多くの反響がありました。

「ある意味、自虐じゃないですか」

 安藤 私も興味深かったです。「夫です。」というタスキをつけるって、ある意味、自虐じゃないですか。どんな理由からだったんですか?

 岡原 最初の理由は、駅前でチラシを配っても受け取ってくれなかったからです。朝は通りかかる人もみんなピリピリしてますし。ティッシュ配りのアルバイトをした時になかなか受け取ってもらえずつらかったのを思い出しながら、身元が分かった方が受け取ってもらえるかなと思ってタスキをつけ始めました。正直、恥ずかしいわけですよ。笑われましたし。

 でも、「夫です。」はなかなか見ないから目立つ。そのうち、社会実験的な意味合いでも発見が出てきました。予想しない反応が返ってくるようになったんですよ。「いつも○○さんに入れるんだけど、これ気に入ったからあんたに入れる」。特に、年配の女性たちの反応がすごくよかったです。

 安藤 それは意外ですね。

 岡原 僕じゃなくて妻に入れてくださいなんですけど、興味深かったです。でも、例えば「妻です。」をつけてる人は、「あんたいいわね」ってなかなか言われないじゃないですか。

 安藤 やって当たり前、となってしまいがちですよね。

「妻です。」タスキとの違い

 岡原 妻が三歩下がって頭を下げてよろしくお願いしますというのは当然みたいな世界だからですよね。「妻です。」と「夫です。」は対になっているようでいて、社会的なレベルでは全然違う。だから、リベラルな人から見れば「妻です。」タスキは、「あり得ないよね」となる。そうした中であえて「夫です。」をつけることで、より目立ちやすかったと思います。「うちの旦那、何もしないのよ」と打ち明けてくれる人もいました。こういうことをする夫がいる妻だったら入れようか、みたいな人もいたと思います。

 安藤 面白いですね。逆に、アンチの反応はなかったんですか。

 岡原 ほとんどなかったんですよ。1~2回、すごく怒ってきた人がいたぐらいです。

 安藤 やっぱり、時代がちょっと動いたんですね。「夫だろうが妻だろうがやりたいことをやるべきだ」と潜在的には思っていても、実際は否定的に言ってしまうような時代が長かった。自然と前向きな反応が出てくるようになった点に、時代の変化を感じます。

 選挙に出ると言うと、親類から「女は政治に口を出すもんじゃない」と言われたりするケースも結構見てきました。女が夫まで巻き込んで選挙活動をやって政治家になろうなんて何ごとか、と。子どもを連れて選挙活動をしていたら足を引っ掛けられて転ばされたという話も実際にあります。だから、年配の方の反応が良かったと聞いて意外だと思いました。

 「私、選挙に出る」と妻に言われた際、どう思われましたか? たいていの場合、夫は「ええっ?」となると思うんですよ。選挙って、勝つか負けるかだけじゃないですか。「惜しかったね」っていうのはない。一か八か、ある意味すごく大きな賭けだと思うんですよね。岡原さんもよく二つ返事で納得したな、って思いました。

 岡原 確かに、なかには立候補の際に家族にすごく反対された女性もいると聞きます。夫と母に、「条件として、家のことは完璧にやりなさい、それからだ」と言われたそうです。

 僕の場合は、妻が女性政治家養成団体の講座「パリテ・アカデミー」に通って、出たいなぁとずっと言っていて。そうして昨年8月ごろに「出る」って言い出したんです。やりたいことがあるならお互いやる方が健康的だと思っているので、「じゃあやりなよ」と。2人ともフリーランスだったので、うまくいったらいいし、ダメならダメで仕事に戻ればいいんじゃない、というのもあったと思います。こんなにやることになるとは思っていませんでしたが……。

 ――安藤さんが博士論文を元に出した著書『自民党の女性認識 「イエ中心主義」の政治指向』に、女性議員の前職(キャリアパス)についての分析があります。「なんのコネもない『普通の女性』が候補になることは本当に難しい」ともかねて指摘しておられます。今回のケースをどう見ますか。

 安藤 レアケースだと思います。岡原さん、ご家族や親類に政治家の方っていらっしゃいます?

 岡原 1人もいないですね。

 安藤 そうした環境で、フランスに住んでいらっしゃった時に、「私が政治をやんなくちゃ」と思われた。純粋な志ですよね。知名度や資金面、政党がどの程度支援してくれるかも含め、ある意味、2人して丸腰で政治の場に切り込んでいった感があります。そうして当選されたのは、すごく珍しいケースだと思います。

 そこでの武器が、「夫です。」のタスキだったと思うんですね。さっき私が自虐と申し上げたのは、そんなタスキ、かけたくないですよね。僕は僕、岡原功祐、ですよね。なのに滅私をして、「夫です。」のタスキを掛けざるを得なかった。今の選挙のやり方に対して「こんなことをしないとやっていけないんですよ」と、岡原さんなりに疑問の一石を投じられた。

 ――夫のサポートがなければ当選は難しかったと思いますか?

 岡原 いや、僕がやらなくても通ったと思います。でも、たぶん票の数は違ったんじゃないかな。そんなことを言うと妻に怒られちゃいますけど。辻立ちの95%ぐらいは一緒にやってたんで、セットで覚えてくれた人がすごく多かったです。

 安藤 ずーっとやったことで、受け入れられたんですね。

 岡原 しょっちゅうケンカしてましたけどね。最後の方はほとんど毎日、ケンカでした。

 安藤 差し支えなければ、ケンカのタネは何だったんですか?

 岡原 辻立ちは一緒に立つし、場所取りも僕が行くし、ウェブサイトも作るし、チラシの入稿もやってたわけですが、その時に妻からダメ出しをされると、「こっちは寝ずにやってんのになんでそんなこと言われなきゃいけないんだ」みたいになって。どれもささいなことがきっかけではあります。妻も余裕がなかったと思いますが、こっちはこっちでいろんなものを犠牲にしてやってるわけで、本当にストレスでした。なのに議員の友人に電話すると、「選挙が終わるまでは耐えてくれ」って言われる。

 ――こういう選挙のやり方はいつからあるものなのか、と思ってしまいます。

「イエ丸ごと」で戦う選挙、「後援会も望む」

 安藤 「家中総出でやらないと選挙に勝てない」というのは太古の昔からですね。研究のために話したいろんな世襲議員の方々が、父親の選挙活動を振り返って言っていたのは、選挙中に自宅に帰ると大人が集まって「絶対○○候補には勝ってやる!」みたいなことを言っている、母親は横でおにぎりを作って一生懸命炊き出しをしている、そういう熱い雰囲気の風景を見ながら自分は育ったから、染みついているんだと。小さいながら一緒に戦っている気分だったっていうんですね。それがやっぱり世襲につながっていくんですよ。「イエ丸ごと」で戦わなければならないような選挙戦を後援会も望む。

 自民党の選挙対策本部(選対)関係者は、「同じ条件で男女の候補者がいたら迷わず男性を選ぶ(公認する)」とはっきり言っていました。理由は、男性の方が24時間、政治にコミットできるからです。「ダンナの世話をしながら選挙戦を戦える女性がどの程度いるのか?」と。そういう意識なんですよ。

 妻や母として夫や子どもの世話をして当たり前。それで政治家を目指せとなった時に、その役割をおろそかにしているようだと認めない、ってなるわけですよね。妻でも母でもないキャリアウーマンより、妻で母の方が通りやすいと言われるのは、そういうことなんです。それは今でもあります。

 岡原 選挙制度にも問題があると思います。練馬区議会は定数が50人もいて、びっくりしました。そこに72人が出たわけですが、その中から1人に投票しろというのは結構無理があるなと感じました。しかも1週間前にならないと告示されないから、誰を選べばいいか分からなくなりますよね。結局、現職が有利となります。

 安藤 現職は日々、選挙活動ですからね。

 岡原 著書にもありましたけど、小沢一郎さん(立憲民主党衆院議員)も「当選した日から選挙活動」と。

 安藤 川上から川下までくまなく歩く作戦ですね。小沢さんはその「どぶ板選挙」を旧民主党に持ち込んで政権を取ったわけです。車道の横に立って、ひたすら手だけ振ればいい、雨でも風でもひょうが降ってもとにかく毎日同じ時間に立って、タスキをかけて「行ってらっしゃい」と手を振り続ける、それだけを毎日やれと。そうして1日何十カ所と回って握手をする。底流にあるのは「政策よりも顔見知り」「理ではなく情の一票」ですね。

 ――そうした選挙手法が変わっていかないと、女性を含めた多様な政治家が生まれづらいと思うのですが、今回の統一地方選を経て変わり得るのでしょうか。

変わるには「政党の意思と決断しかありません」

 安藤 選挙は現職が本当に有利。それは動かない。変わっていくとすれば、政党の意思と決断しかありません。今の潮流を政党がいかにとらえてちゃんと向き合うかにかかっています。

 どの政党も、ジェンダー平等を唱えますが、現職を退けてでも新しい候補者を入れようというのは、どの政党もすごくちゅうちょします。今まで頑張ってくれた現職に、「ご苦労様でした。ジェンダー平等や新陳代謝のために次はこの人です」と誰が言えるのかという話です。どの党でも一番もめるところですよね。政党の意識が本当に変革しない限りは、政治は変わってかないと思います。

 岡原 法律で強制的に、「はい定年です」としないと厳しいんだろうなという気がします。

 安藤 自民党にも定年制がありますが、堅持されていません。任期制がいいでしょうね。

 このところ嫌だなと思うのは、公募制度に名を借りた、不透明なコネクション推薦のようなものが散見される点です。私が取材した中にも、地元の誰かのイチオシで入ってくる例がありました。

 公募制度をもっと透明化しなくちゃいけないと思うんですね。どういう経緯でこの候補になったのか、公認を取るまでのプロセスを全党くまなく開示するべきだと思います。それが分からない限り、丸腰で手を挙げようという人は減ってしまうと思います。どの議会レベルでも、公募を機能させるのは、選挙制度を変えるよりも大切なことだと思います。

 岡原 政党も、「パリテ(男女同数)」を本当に達成したいのなら、女性の候補者を男性より多くしなきゃいけないと思います。

 安藤 それは大事なポイントで、数字上で候補者を均等にしても、政党支援に濃淡がつく場合もあるんですよね。先の参院選では、区議から参院選にくら替えしたくて頑張ったけれども選挙区の候補者にしてもらえず、理由も教えてもらえなかったという女性がいました。その他、バリバリのキャリアを誇る若い女性も、比例区の名簿に並べられたけれども、明らかに政党支援が薄かったケースもありました。

 政党が女性候補者をたくさん出しても、ふたを開けてみると「本当に戦えますか」状態になる。そこには、「24時間政治にコミットできないでしょう?」という刷り込みで、女性が選外になっていく状況がある。男性のルールで作ってきた政治だからなんですよ。

 岡原 変えるには、まず現行の仕組みや選挙文化に乗って勝たなければいけないし、そう思ってやりました。けど、僕の寄稿を読んだ現役議員から「選挙あるある」などと現状を追認するようなコメントがSNSで寄せられるのを見て、正直、「これでいいと思ってるの?」と感じました。立候補を考えている人に「これ(岡原さんの寄稿)を読んでおけ」と参考にさせる議員もいたと聞きます。変えようという志を持っている人もいるとは思うのですが。

 安藤 滅私奉公的に全てを政治に注げなければいけませんという「オールドボーイズクラブ」のルールがおかしいということに、まずは気づいてほしいですよね。

       ◇

 あんどう・ゆうこ 1958年、千葉県生まれ。高校時代に米国に留学、上智大学比較文化学部比較文化学科(現・国際教養学部)在学中、テレビ朝日のリポーターになる。86年、テレビ朝日系「ニュースステーション」のフィリピン政変報道でギャラクシー賞個人奨励賞を受賞。87~2015年、フジテレビ系ニュース番組でメインキャスターを歴任。13年、同研究科グローバル社会専攻博士課程後期・満期退学。19年、グローバル社会学博士号取得。著書に『自民党の女性認識 「イエ中心主義」の政治指向』(明石書店)など。23年4月から椙山女学園大学客員教授。

 おかはら・こうすけ 1980年、東京生まれ。早稲田大学卒、南アフリカ国立ウィットウォーターズランド大学大学院中退。コロンビアの麻薬ビジネスに生きる人たちや、ラテンアメリカから米国をめざす移民、原発事故後の福島を撮った写真集などを刊行。W・ユージン・スミス・フェローシップ(2010年)、世界報道写真コンテストアジア部門受賞(22年)など海外の写真賞を数々受賞。35歳以下の写真家と写真アーティストを助成するプロジェクト「PITCH GRANT」を20年から主宰。著書に『Ibasyo〔いばしょ〕 自傷する少女たち“存在の証明”』(工作舎)など。

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