第1回「親ロシア派」という言葉が意味するもの 批判とヘイトの境界とは

有料記事知るロシア/ウクライナ わたしが見たその姿

聞き手・伊藤弘毅

 昨年2月に始まったロシアによるウクライナ侵攻が、いまも続いています。ロシアに暮らすひとりひとりの顔が見えにくいなか、私たちはロシアとどう向き合っていけばいいのか。ロシアの文豪ドストエフスキーの研究者で、ロシアの市井の人たちと接してきた名古屋外国語大学講師の斎須直人(さいすなおひと)さんに聞きました。

【連載】知るロシア/ウクライナ 私が見たその姿

侵攻したロシア。領土奪還を目指すウクライナ。1年半がたっても戦争終結への道筋が見えないなか、両国の国民や文化、芸術と長年関わってきた人たちは何を考えるのか。それぞれの角度から語ってもらいます。

 ――これまで出会ったロシア人は、どんな人たちでしたか。

 「ロシアでは、自分とあまり関係がなく義理もないような相手に物事を頼んだり、知らない相手から気軽にものを頼まれても応じたりするような雰囲気があると感じます。例えば、現地で大学院に入学後、『入学金と授業料を払うように』と急に通達がきました。一日に銀行から引きだせる現金に上限があり入学を取り消されかねない状況になりましたが、通っていたカフェの店主と、その友人のタタール人のカップルがお金を貸してくれて、どうにかなりました。こうしたことはいくらでも思い出せます」

 「ロシアの人びとは、『自分』と『他人』、『我々』と『彼ら』をはっきり区別するような考え方を、あまりしないのではないか。そんな印象を受けました。危機的な状況になるたびに親切を受け『彼らを見習おう』という気持ちが湧きました。似たようなことは、東欧のエストニア、中央アジアのカザフスタンでも経験しました。ウクライナも含む他の旧ソ連圏にも、同じような雰囲気があるんじゃないかと推測しています」

 ――ロシア文学の特徴は。

 「ロシアの芸術は、しばしば国家権力からの検閲や迫害にさらされてきました。帝政時代や旧ソ連時代を含めて、表現の自由が制限され、思想を自由に口にすると罰を受けるリスクがあったため、ロシア社会では文学が哲学や思想についての表現を担ってきた部分があります。また、『文学中心主義』という考え方があります。文学は他の芸術分野と比べて最も重要だ、とするもので、音楽や絵画、舞台芸術なども、文学とのつながりが強い傾向が見られます」

 ――『罪と罰』などで知られるドストエフスキーが専門ですね。

哲学、思想の表現まで担ったロシア文学

 「文学と宗教思想史の観点から作品を研究しています。ロシアの大学院では、1870年前後に書かれた長編小説『白痴』と『悪霊』、この2作品の間の創作ノートなどを丹念に読み、彼の作品に登場する独特の『ロシア人』像について考察しました。ロシアの知識階級の若者が、西欧から流入した思想によりいったんはニヒリスト(虚無主義者)になるものの、イデオロギーや宗教的な立場を変えながら、結局はロシアの大地に回帰し、真の信仰に至る、という人物像です。ドストエフスキーの価値観では、『ロシア正教による真の信仰』が、『西欧思想由来のニヒリズム』よりも上に置かれていたことがうかがえます。いまのロシア人にとっての西側との関係性にもつながるテーマではないかと感じます」

「分断をあおるな」の真意

 ――ロシア留学中の2014年にクリミア危機がありました。

 「これからこの国はどうなる…

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この記事を書いた人
伊藤弘毅
国際報道部
専門・関心分野
南アジア、開発、エネルギー
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