「安倍元首相的なもの」の正体は あふれる言説と宇野重規さんの視点
論壇時評 政治学者・宇野重規
安倍晋三元首相の銃撃事件から1年が過ぎた。しかしながら、この事件をどのように受け止めるべきなのか。いまだその答えは見つかっていない。結果として、安倍元首相を語る言説は世に溢(あふ)れ、それが政治を動かしている。ある政治家は「永田町を漂ってい」る安倍氏に岸田文雄首相が「支配されている」と言い、また別の政治家は「安倍さん的な価値観」は生きていると語る。安倍元首相の遺志を振り回す人々に、「いくら呼んでも、現実には安倍さんは答えてくれない」と諫(いさ)める声さえある(〈1〉)。わたしたちの中にある「安倍元首相」の正体を今こそ考えるべきではないだろうか。
安倍元首相は、「友」と「敵」をはっきり分ける政治家であった。「安倍晋三 回顧録」を読めば、安倍氏の敵愾心(てきがいしん)の激しさに驚かされるだろう(〈2〉)。その一方で安倍氏に身近に接した人々の間では、むしろ気配りの人物という評もある(〈3〉)。その立場によって見えてくる「安倍元首相的なもの」に違いが出てくるのも当然である。
雑誌やネットで発表される論考を紹介しながら時事問題を論じる「論壇時評」。今月は安倍晋三元首相や安倍政権を評した論考・特集をたどります。評価が割れる中で、「ポスト安倍」時代に必要な視点とは。
安倍氏に批判的な人々がしば…
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