あの映画見て「似た化石が家に…」 奇跡の赤ちゃん恐竜、発見秘話

水戸部六美
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 東京・上野の国立科学博物館で開催中(かいさいちゅう)の「恐竜博(きょうりゅうはく)2023」では、「奇跡(きせき)の赤ちゃん恐竜」の化石が展示されている。発見地イタリアでは国宝級の扱(あつか)い。海外展示はこれが初だ。“奇跡”と言われるゆえんは何か。この化石を研究してきたミラノ市立自然史博物館のクリスティアーノ・ダルサッソ博士に聞いた。(水戸部六美)

化石ハンターが発見 恐竜とは思わず家で保管

 推定全長10メートルを超(こ)えるティラノサウルスの化石と対峙(たいじ)するように、その小さな化石は展示されている。愛称(あいしょう)は「チーロ」。大きさは数十センチほど。反り返った姿はとてもきゃしゃで、本当に恐竜?と疑ってしまいそうになる。

 それもそのはず、この化石は、わずか3週間未満で生涯(しょうがい)を閉じた赤ちゃん恐竜の化石だ。いまから約1億1千万年前の前期白亜紀(はくあき)に生息した「スキピオニクス」という小型獣脚類(じゅうきゃくるい)。世界ではまだこの1体しか見つかっていない。

 しっぽの先端(せんたん)部分は残っていないが、全長約50センチ、体重200グラムほどだったと推定されている。

 チーロの発見は、1980年のこととされる。イタリア南部の小さな村の採石場で、北イタリアから来たジョバンニ・トデスコ氏という化石ハンターが見つけた。

 イタリアは長らく、恐竜の化石が存在しない土地と考えられてきた。トデスコ氏も恐竜の化石とは思わず、重要性に気づかぬまま自宅に持ち帰り、保管していた。

あの映画見て「似た化石が家に…」

 しかし、10年以上経った1993年、転機が訪れる。

 当時、一世を風靡(ふうび)した映画「ジュラシック・パーク」を家族連れで見に行ったトデスコ氏は、そこに登場する肉食恐竜が自宅にある化石と似ている気がした。「ひょっとしてあの化石は恐竜かもしれない」

 専門家の意見を聞こうと、北イタリアのミラノ市立自然史博物館に連絡(れんらく)を入れた。

 早速、職員がトデスコ氏宅を訪問した。当時はスマートフォンもなく、画像も送れなかったので、化石を調べた職員は、ダルサッソ博士に電話口で特徴(とくちょう)を説明した。

 「前脚(まえあし)の指の本数は?」

 そう博士が問うと、職員が「3本」と答えた。

 「本当に本当?」

 前脚の指が3本というのは、後ろ脚で二足歩行する多くの肉食恐竜の特徴という。ダルサッソ博士は「思わず2回も聞き直したよ」と当時の興奮を振り返る。

 「この時点でイタリア初の恐竜の化石と分かった。一晩、眠(ねむ)ることができなかった」

雑誌がつけた愛称「チーロ」 ”奇跡”と言われるわけは?

 かくして化石の存在が公になった。イタリアの大衆向け雑誌が記事にしようとしたが、まだ学名がなく、表記に困った。

 そのときに雑誌がつけた愛称が「チーロ」だ。イタリア南部の男の子の典型的な名前らしい。

 イタリアでは、地下の重要な埋蔵物(まいぞうぶつ)は国家に帰属するという法律がある。チーロもトデスコ氏の手を離(はな)れ、国有財産となった。

 その後、ダルサッソ博士らによる、チーロの詳細(しょうさい)な研究が始まった。

 化石の表面についた砂などを取り除く作業に膨大(ぼうだい)な時間を要したが、作業が進むにつれ、イタリア初の恐竜の化石という以外の重要性が浮(う)かび上がってきた。

 普通(ふつう)ならば腐敗(ふはい)して残らない内臓などの軟組織(なんそしき)まで残っていることがわかったのだ。気管支や食道、筋肉……。腸はひだ構造まできれいに保存されていた。

 これがチーロが「奇跡」と言われるゆえんだ。

 研究をまとめた論文は98年に科学誌ネイチャーに載(の)り、チーロが表紙を飾(かざ)った。

 このときダルサッソ博士が付けた学名が「Scipionyx samniticus(スキピオニクス・サムニティクス)」だ。「Scipio」はイタリア国歌にも登場する古代ローマの将軍の名前などに由来する。「onyx」は爪(つめ)を意味する。チーロの前脚の指には、その名の通り、角質の爪までもが残っていた。

なぜ赤ちゃんと分かる? チーロの最期とは?

 スキピオニクスの化石は、チーロ1体しか見つかっていない。なのに、なぜチーロが赤ちゃんと断定できるのだろうか。

 その答えの説明は、頭蓋骨(ずがいこつ)を見るとわかりやすい。体に対して大きな頭と眼球の穴。頭の前後の骨がくっついておらず、頭頂部にくぼみがある。これらは、人間の赤ちゃんの特徴と一緒(いっしょ)だ。

 体内からは、トカゲや魚の骨も見つかった。そこからトカゲ全体の大きさを推定すると、チーロと同じぐらいの大きさだったという。チーロが自ら捕(つか)まえて食べたとは考えにくい。ダルサッソ博士は「親が捕まえて解体し、チーロに与(あた)えたのかもしれない」と話す。しかし、親の化石は見つかっていない。

 チーロは、内臓まで残る奇跡の化石となった。その最期はどんなものだったのか。

 ダルサッソ博士は「親のことは分からない。あくまで推測」と前置きした上で、こんな仮説を話してくれた。

 チーロは嵐(あらし)か何かの時に流されて死に、近くの浅瀬(あさせ)に流れついた。そして、遺体の上に砂などが積もった。当時のイタリアは今より南に位置していて、太陽光線が強かった。まわりにある化石のもととなる成分が固まりやすく、遺体が腐(くさ)るよりもはやく化石化したため、内臓まで残った――。

1億1千万年前の「スナップショット」を見よ!

 恐竜の化石が見つからないと思われていたイタリアで、トデスコ氏がチーロを見つけた。その後、恐竜映画を見なければ、その存在が日の目を見ることはなかったかもしれない。

 内臓まで残る化石になったのは、自然がつくり出した絶妙(ぜつみょう)の条件があったから。さまざまな偶然(ぐうぜん)が重なり、チーロはいまここにいる。

 ダルサッソ博士に、来場者へのメッセージを尋(たず)ねた。

 「チーロは私にとって息子のような存在だ。彼(かれ)の初の海外旅行先として日本に来られたことを光栄に思う。彼は本当に小さく無防備だったかもしれない。けれども『俺(おれ)はここにいた!』という一瞬(いっしゅん)を、自然は1億1千万年前の貴重なスナップショットとして残してくれた。謹(つつし)んで見てほしい」

     ◇

 チーロの発見年はこれまで1981年とされていましたが、ダルサッソ博士による経緯の再調査により、正式には80年だったことが判明しました。

恐竜博2023 上野での展示は6月18日まで

◇6月18日[日]まで、東京・上野の国立科学博物館

◇午前9時~午後5時([土][日]は午後7時まで)。入場は閉館の30分前まで

◇月曜休館(ただし、6月12日は開館)

◇一般・大学生2200円、小・中・高校生600円

◇公式サイト https://dino2023.exhibit.jp別ウインドウで開きます

◇問い合わせ ハローダイヤル(050・5541・8600)

主催 国立科学博物館、朝日新聞社、NHK、NHKプロモーション

協賛 INPEX、鹿島建設、Gakken、DNP大日本印刷

学術協力 ロイヤルオンタリオ博物館

◆日時指定予約制。チケットは公式サイトなどでお求めください。会場での当日券販売数には限りがあります

未就学児など無料観覧対象者や一般プレイガイドでのチケット購入者も別途公式サイトから日時指定予約が必要

巡回 7月7日[金]~9月24日[日]、大阪市立自然史博物館 ※スキピオニクスは高精細な複製標本を展示予定

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