精神科病院での暴行は「構造的な問題」 都立松沢病院名誉院長の視点

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聞き手・寺崎省子
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 東京都八王子市にある民間の精神科病院滝山病院で、入院患者に暴行した疑いで看護師が逮捕・略式起訴されました。精神科病院では、入院患者への暴力などが過去にも繰り返されてきました。精神科治療を専門とする総合病院の東京都立松沢病院(世田谷区)で、入院患者の身体拘束率を大幅に削減させるなどしてきた斎藤正彦名誉院長(70)は、背景には「構造的な問題がある」と指摘します。

斎藤正彦さん略歴

 さいとう・まさひこ 精神保健指定医。1952年生まれ。東京大学医学部卒業、同精神医学教室講師、和光病院長などを経て、2012年に東京都立松沢病院長就任、21年から同名誉院長。専門は老年精神医学、司法精神医学、医療倫理。

――事件をどう受け止めましたか。

 40年前、看護師らによる暴行で入院患者2人が亡くなった宇都宮病院事件を思い出し、暗澹(あんたん)たる気持ちになりました。もう、同じことを繰り返してはいけない。

事件の背景にある三つの問題

 問題は三つあると考えます。

 一つは、精神科病院全体の人権擁護意識は改善されてきたが、いまだに虐待まがいのことが行われている病院があったということ。

 二つ目は、病院のエクスキューズ(弁明)に行政の怠慢が使われていること。患者を「死ぬまで預かります」という病院には、それなりの存在理由があります。福祉や医療の行政が「受け入れ先のない患者」を、引き受けてもらっていた。滝山病院の存在理由は慢性期の人工透析(慢性期の血液透析は1回約4時間を週3回程度)ができるということだった。

 三つ目は、行政の監査が暴力行為などの防止という点では意味をなしていないということ。もちろん、病院や暴力をふるった看護師が悪いが、行政には何の罪もないのか。実態を分かろうとしていなかったのではないかと感じます。東京都は滝山病院を監査してきたにもかかわらず、暴力を防ぐことができていませんでした。精神科病院での暴力は構造的なもので、個人の問題に矮小(わいしょう)化してはいけないのです。

 行政による一般的な監査では「何月何日に行きます」という連絡が1カ月ぐらい前にあります。病院は書類を整えて準備し、監査当日、行政は予定した病棟にしか入らない。

 虐待・暴力行為を防ぐには、入院患者の処遇をきちんと確認しなければいけない。例えば、身体拘束率などの患者の処遇で病院をランク分けして、低いランクの病院には、年に何回か、予告なしで監査に行くようにする。そうすることで抑止力になるかもしれない。だけど、行政は、そういう改善策をとらないで、何か問題が起こるたびに「とんでもない病院が一つありました」と「解決」してきました。

滝山病院のような病院 行政も「利用」

――二つ目の問題の「病院の弁明に行政の怠慢が使われている」とは。

 例えば、精神疾患がある低収入の患者に慢性期の透析治療が必要になったとき、引き受けてくれる病院がないということは、みんな知っていました。しかし、福祉も行政も、策を講じることなく滝山病院のような病院を利用してきた。そうなれば、行き場のない患者を受け入れる病院に厳しいことが言えなくなる。滝山病院の擁護をする気は全くないが、行政の不作為が、「必要悪」だという居直りを許しているという事実を、行政や国公立病院は自覚すべきです。

 例えば、民間の精神科病院に入院している患者さんが重度の肝硬変で腹水がたまって手当てが必要になっても、その精神科病院で手当てができず、総合病院でも治療を断られることがあります。そうした患者さんを松沢病院の合併症病棟で受け入れて身体の治療をした後、元の病院に戻ってもらう。精神科病床で身体の治療を行っても診療報酬は一般病院のように高くないので、松沢病院の合併症病棟はいつも大きな赤字です。けれど、それは公が担う医療だと、僕は思っています。

――日本精神科病院協会(日精協)は3月3日の会見で、現地視察の結果、滝山病院の入院患者140人のうち45人が透析患者だったと明らかにしています。

 松沢病院の透析室は3床、この他にポータブルの透析器が1台あります。これらは、急性期の患者さんに使用するので、透析を生涯続ける必要がある慢性期の患者を受け入れてしまったら、すぐにいっぱいになってしまう。

 でも、そういう状況を行政は知っていました。知っていたなら、例えば、松沢病院の中に、慢性用の透析室をつくったり、都立総合病院と近隣の精神科病院が連携して透析を行ったりという対応ができたはずです。赤字になるかもしれないけれど、それは必要な赤字です。

――毎年6月の都の調査では、死亡退院の割合が高い状況が続いていました。また、入院患者の7割は入院期間が1年以上でした。

 死亡退院が多いのは、病院の質の問題というより、引き受けている患者の性質上、仕方がないこともあり得ます。その病院が、どういうポリシーで、どんな患者を受け入れているかによるからです。

 「行き場のない患者」を受け…

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