「私のことなんて誰も…」からの光明 龍本弥生が追体験した推し武道

有料記事NMB48のレッツ・スタディー!

取材・構成=阪本輝昭

NMB48のレッツ・スタディー!番外編 龍本弥生の推し武道①

 平尾アウリさんの漫画作品「推しが武道館いってくれたら死ぬ」(通称「推し武道」、徳間書店)が話題だ。岡山県で活動する地下アイドルグループ「ChamJam」のメンバーである市井舞菜を「推す」ことに情熱を注ぎ込む破天荒な主人公「えりぴよ」を中心に、アイドルとファンたちの悲喜こもごもの物語が描かれている。コミックスは9巻まで刊行され、2020年にはアニメ化、22年にはドラマ化された。23年は実写映画化作品が5月12日から公開される予定だ。

 アイドルとファンの繊細な関係性をコミカルに、ときにリアルに描き出したこの作品には、本職であるアイドルにも愛読者が多い。NMB48の龍本弥生さん(18)もその一人だ。この連載コラム「龍本弥生の推し武道」では、龍本さんがこの作品の好きな場面を一つずつ挙げながら、アイドルという仕事の本質を考えていく。

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「わたしのことなんて誰も待ってないと思ってたから」

 「わたしのことなんて誰も待ってないと思ってたから」(市井舞菜)

 私(龍本)が好きな「推し武道」のシーン。最初に、第1巻の70ページのこのセリフを挙げたいと思います。

 この漫画は、岡山のアイドルグループ「ChamJam」(愛称「ちゃむ」)のメンバー7人と、そのファンたちの物語なのです。ちゃむは、いわゆる地下アイドル。いわゆるメジャーアイドルほどの知名度や人気はまだなく、地元のファンが集まる小さなライブ会場での定期公演が活動の中心です。

 その中でも舞菜ちゃんはとりわけ内気かつ不器用なメンバーで、ほぼ唯一の熱心なファンといえるのが、この漫画の主人公でもある「えりぴよ」さんです。えりぴよさんもなかなか間の悪い人で、その過剰なほどの「愛」がなかなか舞菜ちゃんには伝わらず、シャイな舞菜ちゃんの受け答えがえりぴよさんにとっては「塩対応」に感じられ……と、そんな二人の歯がゆい関係もまた作品の魅力です。

 さて、冒頭のセリフですが……。

 岡山の全ての女の子が集まるといわれる大規模なガールズフェスタが開かれることになり、そこにちゃむも出ることになりました。

 ちゃむから出られるのが誰なのかは当日までわからない。人気上位の3人になるだろうから、舞菜ちゃんはたぶん出られないだろうけど……と思いつつ、「万が一」の可能性を信じて、えりぴよさんは会場に足を運ぶのです。

 その願いが通じて、舞菜ちゃんはちゃむの4人目に登場し、ランウェーを歩きます。実は、用意された服のサイズが小さく、ぴったり合うモデルがいないということで、急きょ舞菜ちゃんに白羽の矢が立ったのでしたが……。

 心細げな舞菜ちゃん。客席にいるえりぴよさんを見つけて、ランウェー上の舞菜ちゃんは思わず涙ぐんでしまいます。舞台を降りたあと、冒頭のセリフ「わたしのことなんて誰も待ってないと思ってたから」につながるんです。「ちゃむ」センターの五十嵐れおちゃんが、そんな舞菜ちゃんを「そんなわけないじゃん」と抱きしめる場面が続きます。

私も、舞菜と同じような体験をしました

 実は、これに似た体験を私もしたことがあって。私は昨年の元日からNMB48の8期研究生として活動を始め、「チームBⅡ研究生」というチームに所属することになりました。チーム公演として「なんば笑顔開花宣言」公演が昨年2月からNMB48劇場で始まったのですが、その記念すべき初日公演の出演メンバーに私は選ばれませんでした。

 もんもんとして日々を過ごすうちに、3月2日、ほかの出演予定だった先輩メンバーの代わりをつとめるかたちで、急きょ出演が決まったんです。前日の夕方くらいに「いけるか?」と聞かれ、「やります!」と即答しました。でも本当はちょっと心細くて。

 当日客席に入るお客さんたちは、私が出ることを予想して申し込んだ方々ではないわけで。当初出演を予定していた先輩メンバーやほかのメンバーたちを見に来る人たちであり、客席がどういう反応になるのか不安でした。

 でも当日、ステージに立ったら、私のペンライトカラー(薄ピンクとオレンジ)を握って客席に座ってくれている人が複数いて。

 それを目にした瞬間、胸の中に温かいものが流れるような気がしました。もしかしたら、別のメンバーのファンの方が、気をつかってくれたのかも知れないのですが、すごくほっとしたんです。

 「頑張れ」という気持ちが伝わってきたし、見守ってもらっている、という感覚がすごく心強かったです。最初はがちがちに緊張していたけれど、ファンの人が見てくれていると思うと、だんだん笑顔になれました。

ファンの人が思っているより、応援の力って偉大です

 ファンの人の力は、偉大です。

 アイドルって、自分に自信のある子たちがなるものだと思われているかも知れないけれど、案外、そんなことはなくて。誰かに認めてもらうことで自信をつけたくてアイドルになった子、居場所をみつけたくてアイドルを志した子もいるし、いろいろです。

 だから、ファンの人が思う以上に、ファンの方々の応援はわたしたちの気持ちの支えになっているし、救いにもなっている。自分のファンの方々の動向に、一喜一憂してしまう。そのことは、実際にアイドルになってみて感じたことです。だから、客席にえりぴよさんの姿を見つけて思わず涙をこぼした舞菜ちゃんの心情が、今こそよくわかります。

 わたしはアイドルになる前からいろんなアイドルが好きで、ライブやイベントに足を運んでいました。それまでは「推し武道」をファン目線で楽しんでいましたが、アイドルの側からみても、リアリティーに富んでいると思うのです。    (取材・構成=阪本輝昭)

ファンとアイドルの気持ちは通じ合うのか…永遠の命題を追って

「COMICリュウ」編集長・猪飼幹太さん

 「COMICリュウ」(徳間書店)編集長で、「推し武道」担当編集者でもある猪飼幹太さんが、龍本さんの挙げた場面についての制作背景などを解説し、そこに込められた思いなどを紹介します。

     ◇

 龍本さんの原稿を拝読させていただきました。感想としては、アイドルの側からのファンに対する生の声を聞かせてもらえて本当にうれしい……というのが第一でした。

 ステージ上のアイドルと客席のファンの心が通じ合う奇跡がこの世界には存在している。そんな風に私たちファンは信じているし、信じたい。

 でも……。心のどこかで、「それはファンタジー」とあきらめている部分もあって。

 「推し武道」という作品はそんなファンの心の中にあるリアルとファンタジーの境目の繊細な部分で揺らめきながら、最終的にはそのファンタジーは存在していると信じる視点で描かれている作品です。

 誰かを本気で推しているファンにとって、それは永遠の命題であるとも思います。

 (作者の)平尾アウリさんも私もファンの気持ちは実体験として分かるけれども、アイドルの本当の気持ちは体験したことがないから分からない。

 アイドルって本当のところファンのことをどう思っているんだろう……というのは、打ち合わせのなかでも何度か出てきた言葉でした。

 今回の龍本さんのお話はその疑問に対するひとつの素敵なアンサーになっていて……。本当にありがとうございます、という気持ちです。

     ◇

 いかい・みきお 漫画編集者。1968年生まれ。89年、まんが情報誌「ぱふ」スタッフとなり、93年から10年間、編集長を務める。その後、少年画報社「ヤングキングOURS」編集部、一迅社「コミックREX」編集部を経て、2006年、徳間書店「COMICリュウ」創刊からスタッフとして参加。11年から副編集長、18年からは編集長を務める。主な担当作品は「モンスター娘のいる日常」「推しが武道館いってくれたら死ぬ」「アリスと蔵六」「セントールの悩み」「壁サー同人作家の猫屋敷くんは承認欲求をこじらせている」など多数。

■龍本弥生さんプロフィル…

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