第6回才能、見逃していませんか 大谷翔平のスカウトが明かす人材見極め術

有料記事世界一への物語 侍ジャパンの素顔

聞き手・畑中謙一郎 吉田純哉

 常識にとらわれて、若者の才能を見逃していませんか――。プロ野球日本ハムファイターズの大渕隆スカウト部長は、今や「二刀流」で世界を席巻する大谷翔平選手を獲得した経験も踏まえ、そう語る。自身はプロ経験がなく、会社員や教師を経て転じた異色のスカウトに、伸びしろの見極め方などを聞いた。

入団交渉、潮目が変わったのは…

 ――3月のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)では大谷選手が日本代表としてプレーします。常識外れと言われた「投打の二刀流」も定着しました。

 「ファイターズ入りが決まった10年前、当時の栗山英樹監督や花巻東高校の佐々木洋監督は『世界一の選手になる』と口にしていましたが、私はここまでになるとは思っていませんでした。想像力が追いつかない選手。在籍した5年間、様々なことを試す中で現在の基礎を固めたのだと思います」

 「1年目のオフには、フォームなどの動作解析をしてもらおうと自ら筑波大学に行っていました。大学の先生から『大谷選手が来るって言っていますけど、大丈夫ですか?』とメールが来ました。2年目のオフには、パッと見て分かるほど筋量が増えていました。栗山監督を含め、球団の関係者が『筋肉のつけすぎでは』と心配しても、大谷選手にとっては笑いごと。自身で決めたテーマに沿って、PDCA(計画→実行→評価→改善)を回していただけなのでしょう。結果、4、5年目くらいから、フリー打撃でとんでもない打球を放っていた。パワーだけではなく、ボールをバットに乗せる技術がかけあわさっています」

 ――大谷選手は当初、花巻東高から直接の大リーグ入りをめざしていました。翻意して日本ハム入りしたのは、大渕さんが作った30ページに及ぶ資料「夢への道しるべ~日本スポーツにおける若年期海外進出の考察~」があったからだといわれています。

 「翻意というより、大谷選手が我々から新たな情報を入手し、彼自身の意思が明確になっただけだと考えています。彼は『パイオニアになりたい』という願望を持っていましたが、直接大リーグ入りして活躍した韓国選手も複数いて、アジア初でもなかった。その能力を最大限に生かすには、まず日本球界でプレーすることが適切だと、客観的なデータを伝え、もう一度、自分で決めてほしかったのです。若い人たちの潜在的な能力を開花させる、発展させることがスカウトの仕事だと思っています」

 「交渉の潮目が変わったのは『投手も打者も両方やっていいよ』と伝えたときだと思います。どちらが向いているとか大人の理屈をいくらかぶせても、選手のワクワク感にはかないません。我々も、どちらかに決められなかったというのもある。ドラフトで指名したからには来てほしい気持ちはありましたけど、そうしたメッセージを踏まえて、あくまでも判断したのは大谷選手サイドです」

 ――探究心がある選手だと、分かっていたのですか。

 「大谷選手は高校時代、監督の指導ですでに自分を成長させる手法を会得していました。本を読むとか、短・中・長期で目標を立てるとか。こうした、その後にずっと生きてくる『自ら考える力』を選手が持っているかどうかは、スカウトする上で重視しています」

 「日本IBMで7年勤めた経験があり、選手をコンピューターになぞらえることがあります。『ハード』が身体能力や技術だとすれば、『OS(基本ソフト)』は考える力や性格。ハードが多少劣っても、OSがウィンドウズ3か10かでは全く違う。陸上の幅跳びなどの記録競技は自分の絶対値を表現しやすいですが、野球は相手のいるゲーム。トレーニングはもちろん、色んな情報を解析してアウトプットするスポーツなので、よりOSが重要です。プロ野球の1軍、あるいは大リーグというソフトを回せるかもOS次第です」

新人に必ず聞く質問、1人だけ正解

 ――選手の「OS」は、どう見極めているのですか。

 「スカウトの先輩からは『ス…

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    中川文如
    (朝日新聞スポーツ部次長)
    2023年2月8日7時30分 投稿
    【視点】

    こんなに気づき満載のインタビュー、久々に出会いました。教育論、若者との接し方、常識を疑うことの大切さ……。熟読してしまいました。 満載な気づきの中で、いまの私が最もウンウンとうならされたのは、大渕さんが新人選手たちに必ず立てるという問い、

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    中小路徹
    (朝日新聞編集委員=スポーツと社会)
    2023年2月8日10時32分 投稿
    【視点】

     常識はずれの逸材が育った周辺には、やはり既成概念にとらわれない人々がいる。  大谷翔平というたぐいまれな選手誕生には、背景があったことが、大渕さんの珠玉の言葉の数々から実感できます。  アスリートの成長のプロセスは、取材をしていても、

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連載世界一への物語 侍ジャパンの素顔(全51回)

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